ヒロム君の庭

|

扇ケ浜.JPG

 

ヒロム君の部屋でレコードを聴くのが何よりの楽しみだった。晩ごはんが終わると、体がむずむずした。親の目を盗んで、ヒロム君の部屋に行くのだ。
木戸をそっと開けて、あとは一目散。全速力でペダルを漕いだ。

ヒロム君の部屋も迷宮の中にある。雲形定規のへりのような路地。自転車1台やっとの広さ。海抜2mの表示の先にヒロム君の部屋がある。母屋から中庭をはさんだ離れがヒロム君の城だった。

中学3年生のぼくは、ここでさまざまな歌を聞いた。
あべ静江、伊藤咲子、石川セリ。
NSP、ふきのとう、加川良。ボブ・ディラン、ニール・ヤング、エリック・クラプトン。

ぼくはここでダイアナ・ロスに出会った。ダイアナ・ロスのベストアルバムを、いったい何度聴いただろう。粒ぞろいのアルバムの白眉は、何といっても『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』だ。この曲を初めて聴いたとき、天が抜けてナイアガラの滝が落ちてきた、と思った。


この当時、モータウン・サウンドを支えていたのが『ファンク・ブラザーズ』だったことを、ぼくは30年以上経って初めて知ることになる
。『スタンディング・イン・ザ・シャドウズ・オブ・モータウン』という映画のラストシーンで、年老いたメンバーが故人の遺影とともに演奏するのが、やはりこの『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』だった。天が抜けて、今度は涙がこぼれ落ちた。

ヒロム君は県外の高校に進学し、ぼくたちはいつのまにか疎遠になった。
年賀状のやりとりも途絶えてしまった。
今回思い立って、記憶の中の路地を歩いてみた。
汗をかくまで歩き回ったが、ヒロム君の部屋はどこにもなかった。
よく似た家の庭先に石榴が実り、風鈴が秋風に揺れていた。
へん。どこにいても、いくつになっても、俺たちはエイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフだぜ、ヒロム君。

 

photo=扇ケ浜の午後(c.nagase)


このブログ記事について

このページは、蛯乃木が2007年9月24日 09:55に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「アキちゃんのレーダー」です。

次のブログ記事は「Cはチャーリー」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。