2007年10月アーカイブ

男の砦

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看板2.JPG

中学一年生のぼくは、「マンダム」
一色に染め上げられていた。
1971年のことだ。
チャールズ・ブロンソンの
テレビコマーシャルが、
それはもう強烈だった。
ブラウン管から放射される
オーラの強さは、
尋常のものではなかった。
「ウーン、マンダム」
いま思い出しても、
足の裏がむずむずする。

 

オオノヒロシ君は、ブロンソンの
物真似が上手だった。
それだけで、ぼくはオオノ君が
大好きだった。
「アゴになんかついてるで」
「えっ?」
相手がアゴに手をやると、オオノ君がすかさず決める。
「ウーン、マンダム」
ぼくはうれしくて飛び跳ねてしまうのだった

 

とにかくヒゲがほしかった。
毎日鏡を見ても、ヒゲが生えてくる気配はなかった。
とうとう待ちきれなくなった。
ぼくは画用紙とマジックでヒゲを作り、
鼻の下にセロテープで止めた。
「ウーン、マンダム」
それを見たウエダキヨシ君が、
自分にもヒゲを作ってほしいと言い出した。
ぼくはウエダ君にヒゲを作ってあげた。
「ウーン、マンダム」
ぼくたちは全速力で自転車を漕いだ。
頭の中では、砂漠を馬で駆け抜けていた。

 

あの頃、ぼくたちの世界に、異性は存在しなかった。
女子に関心を持つことは、何か汚らわしいことに思われた。
ぼくたちは男の砦の住人だった。
毎日が満ち足りていた。
その後、砦はあっという間に崩壊するのだが、
異変を予知する者はなかった。
楽園を追われる前。
ぼくは、チャールズ・ブロンソンのヒゲに夢中だった。

 

photo=古い看板(c.nagase)

番組の途中ですが・・・

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番組の途中ですが、お知らせです。

今日から庄野真代さんの新曲が試聴できるようになりました。

トップページの「耳」のボタンをクリックしてみて下さい。

CD『奇跡の森』は、11月28日クラウンミュージックから発売されます。

3曲入り1,200円(税別)です。

ぜひ買って下さい!と言いたい気分でいっぱいです。

それでは、引きつづき番組をお楽しみ下さい!

ピンク電話の怪

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白浜町日置の洋館.JPG
下宿といえば、
呼び出し電話と相場が決まっていた。
まず大家さんに電話をかける。
もしもし。○○君いますか?
はいはい。ちょっと待ってくださいね。
いま見てくるからね。
などと言って、
おばさんが友だちを呼んできてくれる。
下宿屋さんも大変だ。
かといって、親切な人ばかりでもない。
○○君いますか?
いません!ガチャリと切られることもある。
とにかく自分の電話など、
ないのが当たり前の時代。

 

タケナカと出会ったのは、
アキちゃんの下宿だった。
2人は同志社の学生だった。
1年後輩のタケナカは、
何かとアキちゃんの世話を焼く。
珈琲を入れ、食器を洗い、洗濯物をたたむ。
居候のぼくはそれを横目で見ている。
アキちゃんの奥さんみたいだった。同性愛か?
偵察をかねて、1度タケナカの下宿に遊びに行ったことがある

木造の古い洋館だった。エントランスが広い。
竣工した頃は、さぞかし人目を引いたことだろう。
ガラス戸を押して中に入る。
妙に薄暗い?
靴を脱ぎ、廊下をきしませて歩く。
両側が個室になっている。
「なんか病院みたいやなぁ」
「病院だったんです、ここ」
へ?
「夜になると怖いんです!」
と泣きそうな顔をしている。

 

タケナカが古病院に住むようになった理由がふるっている。
宮崎県から京都に出てきて、初めての部屋探し

ずいぶん不動産屋を回ったらしい。
いい物件には必ず「ピンク電話あり」と書いてある。
公衆電話がついているわけだ。
この「ピンク電話」に、タケナカは怯えた。
毎晩ネグリジェを着たお姉さんから、
いやらしい電話がかかってくると思い込んだらしい。
これでは勉強に身が入らない。
苦労したあげく、
ピンク電話のない物件にたどり着いたのがこの病院だったそうだ。
「ぼく、自分の部屋に帰りたくないんです!」

 

純情すぎるよ、タケナカ。
もしも君のいう「ピンク電話」が存在したら。
少なくとも、ぼくはそっちを選ぶね。多少家賃が高くても。

hoto=白浜町日置の洋館(c.nagase)

 

全日空を探せ

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青空.JPG

「ざじずぜぞ」と「だぢづでど」は、もともと同じ音だったのではないか?
と思うくらい両者の区別がつきにくい。

そんな馬鹿な、と思われるかもしれないが、和歌山県に住むと聴覚が変化するのだ。

「絶体絶命」は「でったいでつめい」になるし、「増収増益」は「どうしゅうどうえき」になる。いつのまにか「ざ行」と「だ行」の区別が曖昧になる。 

25歳のぼくは無職だった。
フリーターなんて言葉は
まだなかった。
ぼくは単なるプータローだった。
その日暮しに甘んじていたが、
とうとう食うに困るようになった。

当時の『日刊アルバイトニュース』は、
年齢制限がはっきりしていた。
25歳を過ぎると、どこも雇ってくれなくなる。
これはまずい。あわてて就職活動をはじめた。
折り込み広告みたいに履歴書を書いた。

万策尽きた頃、和歌山県出身のご縁で、
ある代議士の秘書見習いをすることになった。
食いつめたバンドマンが、
ネクタイを締めて永田町に通うことになった。
平穏無事に済むわけがない。
笑えない話も山とある。多くの人々にご迷惑をかけた。
失敗談は別の機会に譲るとして、
その日ぼくはせっせと宛名書きにいそしんでいた。
代議士の出版記念パーティーの案内状を、
企業に発送する仕事。
自分とはまったく縁のない、
優良企業の名前がズラリとならぶ。
郷土の秀才に囲まれて、ぼくはひたすら小さくなっていた。

 

「全日空の住所、わかるか?」とスタッフの一人が言った。
その場にいた女の子が顔を見合わせる
「電話帳に載ってないか?」と奥から所長が声をかけた。
ああそうか、かれはうなずいて電話帳を繰りはじめた。
頁をめくったり、戻ったりしている。
「おかしいな。載ってない」
「そんなはずないやろ」
と所長が席を立つ。
「全日空のない電話帳なんかあるか」
電話帳を取り上げ、パラパラとめくりはじめた。
「あれ?」と所長が首をかしげる。
指先が同じ場所を行ったり来たりしている。
「おかしいな。・・・載ってない」

コントを見ているようだった
明らかに2人は、「ぜんにっくう」ではなく
「でんにっくう」をさがしていた。
しかし、高学歴の先輩に見習いがツッコミを入れるわけにはいかない。
うつむいたまま、ぼくは仕事に打ち込むふりをしていた。

1日も早く、職場に溶け込みたかった。
プータローに戻るのだけはごめんだった。
ネクタイを生まれてはじめて締めた頃。
ぼくは必死で自立しようとしていた。

photo=見上げた空(c.nagase)

 

カーナビ進化形

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夜の高速道路.JPG

『ほんまかい通信』の写真を担当している
ナガセ氏が新車を購入した。
さっそく助手席に乗せてもらった。
わあ、新車の匂いがする。
音楽を聴きながらドライブです。

機内放送のように、
曲の変わり目にDJのおしゃべりが入る。
「次の曲はイーグルス、
『ホテル・カリフォルニア』です!」

「これなんですか?」
「ああ、それ」
運転しながらナガセ氏がニヤリと笑う。
「それ、カーナビです」
ええっ、カーナビ?
「普通にしゃべってますよ!」
「そうなんです。CDをハードディスクに取り込んで、
DJが選曲しながらかけてくれるんです」

「車がしゃべるんですか?」
「いろんなこと言いますよ」
「おはようございますとか、おやすみなさいとか?」
「あいさつどころか、季節の話題を話したり、
走っている場所の名産品を紹介したり」
これはえらいことになってきた。

「じゃあ、昨夜は遅くまでご苦労さま、
なんてのもあり?」
「そのうちそうなるでしょうね
と、ナガセ氏はこともなげに言う。
「そのうちカーナビと会話できる日が来ますよ」
頭がくらくらしてきた。

カーナビの声の主、じつに色っぽいのだ。
「自分の好きな声を選べるようになるんじゃないかな」
ホントですか?
湿り気を帯びて、鼻にかかる声。
自分の好きな声が、優しく語りかけてくれるのだ。
「おはようございます。今日はクリスマスイブ。
素敵な夜になるといいね」
思わず目的地を通り越してしまう。

人のことは言えないが、家に居場所のない男性はゴマンといる。
かれらは(ぼくらは)港の見える丘に車を停めて、
カーナビとおしゃべりするのだろうか?
何台も、何台も。
ぞっとしない、近未来の光景だ。

photo=夜の高速道路(c.nagase)

 

成功の秘訣

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夕陽.JPG

 
2006年の秋から、
及川眠子さんと一緒にいる時間が増えた。
仕事もある。
仕事がらみの打ち合わせもある。
お互いB型なので、仕事の話はすこぶる早い。
どーする?
こうかな。
おもろいな。
大体これで終わる。
残った時間を、延々とおしゃべりして過ごす。
よくまあこんなに話すことがあるものだ、
と自分でも感心する。
馬鹿話の合間に、
思い出したように真面目な話をすることもある。


音楽業界で成功する秘訣を、
及川さんに訊いたことがある。
やしきたかじんにしても、夏川りみにしても、秋川雅史にしても、及川さんと仕事をした直後に大ブレイクしている。何か共通項があるのでは?
しばらく考えた後、及川さんはこう言った。
「欲ばりな人は、あかんな」
どういうこと?
「好きなことを仕事にしたくて、この世界に入ってくるやろ」
ふむふむ。 
「やってるうちにいろんな欲が出てくるんやな。
 お金もほしい。名前もほしい。
 おまけに自分の好きな音楽をしたい。
 三つともほしがる人は、成功でけへん」

きびしーぃ!しかし説得力がある。
「お金がほしかったら、売れるものを書かんなん。
 有名になりたかったら、自分自身を殺さんなん。
 好きなことを一生やりたかったら、
 他のことはあきらめんなん。
 どれかひとつでなければ、成功の門はくぐられへん」

スゲー。関西弁の聖書みたいだ。
及川さんは一つひとつ門をくぐって、
現在の地位を手にしたわけだ。
幸運に背中を押されることがあっても、
偶然だけで手にできるものは少ない。
期せずして、プロの心得を教えられた日のこと。

 

photo=枯木灘の夕陽(c.nagase)

 

パンの木村屋本店

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オミナエシ.JPGパンの木村屋本店は、路地の角にある。六坪ばかりの小さなお店である。
いつも気づかずに、その前を通り過ぎていた。


田辺高校の学食の脇に売店がある。
ここに並べられていたのが、木村屋と山崎のパンだった。
どちらかというと、木村屋のパンを選ぶことが多かった。
塩味のきいたマーガリンをはさんだ「ネオロール」
二等辺三角形のぶあついパンにジャムをはさんだ「ジャムサンド」
このふたつが好きだった。いまでも好きだ。

山崎のパンは大ぶりで華やかだった。
木村屋のパンは、やや小ぶりで質実な感じがした。
山崎はその当時からテレビコマーシャルを盛んにやっていたので、きっと大きな会社だろうと思っていた。そのとなりにある木村屋は、2番目のパン屋さんにちがいない。
岐阜県の企業団地に工場があって、毎日焼きたてのパンが全国に配送されて行く。そんなイメージを抱いていた。


曲作りに飽きると、気分転換に散歩する癖が身についた。
古い町並みを抜けて、海まで歩いて20分。
これほど散歩に適した町もない。
民家に咲く季節の花を楽しみながら、ぼんやり歩いて行く。
その途中で「パンの木村屋本店」の看板を見つけたのだ。

おそるおそる中に入った。
わあ!棚に並んでいるのは、懐かしいパンばかりだ!
バターパン、クリームパン、ジャムパン。
ピーナツクリームをはさんだもの、ホイップクリームをはさんだもの。
学生服を着ていた頃の気分がよみがえる。

ジョエル・ロブションによく似たご主人に話を聞いた。
ここが本店ですか?
そうです。奥で毎日焼いてます。
子供の頃からずっとこのパンを食べてました。
ありがとうございます。
何年ぐらいやってるんですか?
親父の代から、70年、いや80年になります。
は、80年!

 

田辺の町を歩くことがあったら、ぜひ「パンの木村屋本店」に立ち寄ってほしい。
ここだったのか・・・
『アメリカン・グラフティ』のラストシーン。
リチャード・ドレイファスが、ウルフマンジャックのスタジオを訪ねる場面がよみがえると思うよ。

photo=オミナエシ(c.nagase)

奇妙な弁護人

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飛行機.jpg

いま何がほしい?
と訊かれたら、すかさず「ソムリエバッチ」と答えるだろう。
あの金色の葡萄の房がほしくてたまらない。
手に入れたらうれしくてどこへ行くにもつけて行く。
毎晩パジャマにつけて眠るだろう。
だがしかし、これは簡単には手に入らない。


仕方がないので、いつも持ち歩くのはソムリエナイフである。
ビジネスバッグにしのばせている

これが空港で引っかかるのである。

あのベルトコンベアにくっついたレントゲンはたいしたものである。
どんなに巧妙に隠しても必ず検知してくれる。
警備員が恭しく、「あらためさせていただきます」
「どうぞ!」
刃渡り2センチのカッターを確認し、機内に持ち込めない旨を説明してくれる。取り上げられたナイフは、降りた空港の手荷物カウンターで受け取ることになる。やれやれ。

レコーディングが近づき、東京との往復の回数が増えた。
その都度検査で引っかかるのはうっとうしいから、この頃は自己申告する。
警備員は茶封筒にナイフをしまい、受取証をぼくにくれる。このくり返しだ。

ある日、この手続きに文句をつけた人がいる。
「それ、刃はついてませんよ!」
羽田空港の手荷物ゲート。隣に見知らぬおじさんが立っている。
茶封筒を持った警備員に、えらい剣幕でかみついている。
「刃はついてません!」
ぼくの代わりに怒ってくれているのだ。
「でも、一応規則ですから・・・」
警備員がひるむと、おじさんはたたみかける。
「出して、見せて下さい」
警備員が困惑している。
「いいから出して下さい!」
おかしな空気になってきた。

こういうとき、迅速かつ的確な対応ができない。
ぼくはどちらの味方をすればいいのだろう?
押し問答をはじめた2人の間で、おろおろするばかりだ。
根負けしたのか、警備員が封筒の糸巻きをほどきはじめたとき、3人の前に検査用のトレーが差し出された。
時間がゆっくり流れはじめた。沈黙がやけに長く感じられる。
2枚重ねのトレーを開けると、中にはおじさんの栓抜きが!
「ああっ、わたしの」
おじさんは栓抜きを両手で握りしめた。頬ずりしそうな勢いだった。

 

おじさん。もうちょっとで乗り遅れるとこだったよ。


photo=羽田空港の出発ロビーから(c.nagase)

 

ああ『DESTINY』

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コスモス.JPG

任谷由実の『DESTINY』のサビはこんな感じだ。

冷たくされて いつかは
みかえすつもりだった
それからどこへ行くにも着飾ってたのに
どうしてなの 今日にかぎって
安いサンダルをはいてた


鈍くさいのは自分だけじゃない、と妙に共感できる歌である。
大事なプレゼンの日にかぎって、寝ぐせが取れない。
好きなネクタイを締めた日にかぎって、トマトソースがはねる。
思惑と裏腹の結末になる。
したがって何か大事な仕事があるときは、非常に慎重になる。
何かヘマをしでかすのではないかとびくびくする。
今回のレコーディング初日もおっかなびっくりだった。


きっと忘れ物をするにちがいない。
朝から荷物を総点検した。
着替えは入れた。
シェイバー、入れた。
充電器、入れた。
楽譜、入れた。歌詞カード、入れた。
ハンカチ、持った。
札入れ、持った。小銭入れ、持った。名刺入れ、持った。
航空券、持った。
ケータイ、持った。パソコン、持った。
もはや完璧である。


いつもより早めに家を出た。
巌流島にのぞむ宮本武蔵くらいスキのないかまえで飛行機に乗った。
羽田空港に着いた。
緊張感が服を着て歩いているようだ。
今日の俺は、いつもの俺ではない。
そう思った瞬間、重大なミスに気づいた。


ベルトを、忘れた。


ズボンにベルトを締めずに、意気揚々と歩いていたのだ!
締まらない話の、DESTINY♪

 

photo=コスモス(c.nagase)

 

17歳の夏

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扇ケ浜の突堤.JPG

2台のカセットデッキと、8トラックのミキサーがぼくたちの武器のすべてだった。
17歳の夏だった。

 
高1の文化祭。友だちのバンドに頼まれて、見よう見まねで詞を書いたのが歌作りのきっかけだった。歌詞を書いていると、するするとメロディがついてくる。自分は天才ではないかと思った。何の苦労もなく曲が作れたのだ。あの頃は。

 
翌年の夏、書きためた歌の中から使えそうなものを録音しようと思い立ち、前述の機材をそろえ、8畳の自室に閉じこもった。

 
うだるような暑さの中、窓を閉め切ってレコーディングを開始した。
エアコンなどあるわけもない。扇風機があっても、音が出るから使えない。
ぼくたちは低温サウナの中で、もくもくとトラックを重ねてゆく。
とくにドラムセットの録音が大変だった。
ほかの楽器と音量のバランスが取れないので、ぼくらは襖を持ち込んでドラム用の簡易ブースを作った。
一学年下のシゲキが大活躍してくれた。汗だくになりながら、襖を支えてくれるのだ。作曲家兼エンジニア兼ディレクター兼プロデューサーのぼくが指示を出す。
「シゲキ、動かないで!息を止めて」
もうめちゃくちゃである。

 
オーバーダビングをしながら、時間をかけて一曲を仕上げていく。
前日と同じセッティングをしても、なかなか同じ音が出ない。
考えてみれば、気温や湿度によって楽器の音が変わるのは当然だ。
室内にいる人数もちがう。条件は刻々と変化しているのだ。
ところがぼくたちはそうは考えなかった。

 
録音がうまくいかないのは、祈りが足りないせいだと思った。
音楽というものは、きっと神秘的な法則に支配されている。
音楽とは、小さな奇跡の集合体である。ミューズの祝福を受けたものだけが、すばらしい音楽を生み出すことができるのだ、と。
だからぼくたちはひたすら祈った。
演奏がうまくいきますように。
録音がうまくいきますように。
目を閉じ、頭を垂れ、汗の雫を落としながら、ずっとずっと祈り続けた。

 
この年になっても、基本的な姿勢は変わらない。
スタジオに入ることは、ミューズの足下にひざまずくことである。いつのまにか、目に見えない存在を畏怖する心が定着している。

それはあの暑い夏、薄暗い自室のスタジオにこもり、音楽の神に祈り続けた体験に培われたものだと思う。

 

photo=扇ケ浜の突堤(c.nagase)

 

10月の花火

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花火.jpg

田辺市はとても小さな町である。
何をやるにしても、大都市のフォーマットは身の丈に合わない。
よくある類のアイデアや、使い古しのプログラムは、市民気質になじまない。
反骨精神が強いのだ。
したがって、万事が無手勝つ流になる。
非常識のそしりを受けても、田辺市のイベントは非常にユニークである。
小ならではの機動性を生かしたイベントを打ち出してくる。
渋滞する道路で、バイクが大型車を追い抜いていく小気味よさがある。

 
弁慶祭りのフィナーレを飾る3000発の花火もそんなイベントのひとつだ。
10月6日。今年も秋空に大輪の花が咲いた。
青みがかった闇のスクリーンを、大小無数の花火が焦がす。
まるで夏が残していった邪気を焼き払うかのようだ。
ぼくは駐車場のフェンスにもたれ、田辺湾に上がる花火を見上げた。
遠花火は音と光がずれるから、何もかもがスローモーションのように見える。
金色のしだれ柳が、ゆっくりと地表に降り注ぐ。
時間の体感速度が落ちる。
この土地では、彼岸を終えた今頃こそ夏の終わりと呼ぶにふさわしい

少し肌寒い風が吹き、草むらで鈴虫が鳴いている。
 

夏は酒くさい親戚のおじさんみたいだ。
そばにいるとうっとうしい。
しかし、いざいなくなると意外に淋しいものだ。
轟音に追われて、おじさんの背中が遠ざかる。
同じように、ぼくの中にも夏の邪気が漂っている。
こいつを一緒に蹴散らしてくれ。
ちっぽけな自意識。利己的な欲望。
べたつく夏の余韻をリセットしたい。
花火が心の中で弾ける。
邪気と邪念が一緒に燃える。
影も形も消えてなくなれ!
 

明日になれば、気圧配置が変わるだろう。
背筋の伸びた少女のように、正義感の強い季節がやってくる。
過ぎ行く夏に号砲を!
10月こそ、花火の季節にふさわしい。

photo=扇ケ浜の花火(s.ueda)

「自由」の反対語

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何かを言いたそうな木.JPG
たとえば、男と女。光と闇。肉体と精神。
相反する二つの概念を対立させ、その隙間を細かいニュアンスのちがいで埋めることによって、言葉の世界は成立していると思う。


全き光、全き闇の概念があればこそ、ぼくたちは木漏れ日や、黄昏の雲や、間接照明の温もりなど、光と影が生み出すさまざまな質感を正しく認識することができる。

マルキン対マルビ、スキゾ対パラノ、なんていうのもかつて流行しました。

要するにモノサシの両端を定めることによって、目の前の現象の意味と強度を測定しようとするわけだ。ぼくたちの世界の理解の仕方がここにある。
だから対立概念は、上手に作られなければならない。


「愛」の反対語はふつう「憎しみ」と考えられそうだ。だがこれを否定し、「愛」の反対語は「無関心」だといった人がいる。愛と憎しみは何かの拍子に入れ替わることもあるが、無関心は絶対に愛と両立しない、というのがその理由だ。説得力があると思う。
「働き者」の反対語を「お調子者」といった人もいる。「怠け者」は他人の邪魔をしないが、「お調子者」は全体の生産性を阻害する、というのだ。これまた現場の空気がリアルに伝わってくる


「NO」の反対語は何かと訊かれ、そりゃあ「YES」に決まっているじゃないかといったら、いやちがう「OFF」だといわれた。そんなバカな、と問題をよく見たら、ありゃま「ON」をさかさまに読んでいた。反対語の意味がちがっていた。


ではここで問題です。「自由」の反対語は何でしょうか?
束縛?うん、普通そう思うよね。
ところが、ちがう束縛ではないと、頑として譲らない人々がいる。
「自由」の反対語は「指定」であるという。
JR関係者の主張には度肝を抜かれた。
これは正解だろうか?


国語審議会なら何というか、一度訊いてみたいところだ。

 

photo=何かを言いたそうな枯れ木(c.nagase)

謎の目標物

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都会の目標物.JPG


ケータイが発達したせいか、事前にしっかり地図を調べなくなった。
だから自分も悪い。それは重々承知している。
それにしても、である。もうちょっと判りやすく道を教えていただけないものか。

四谷のライブハウスに行こうとしたとき。(庄野さんのライブだった!)
HPの地図と、実際に歩いた距離感が重ならない。
仕方がないのでケータイで場所を聞くことになる。
「いま外苑西通りですが、そちらにはどう行けばいいですか?」
「いま何が見えますか?」
「えーと、お蕎麦屋さんの看板です」
「長寿庵ですか?」
「長寿庵です」
電話の向こうで女子がうなずく。
「それでは来た道を引き返してください」
ぼくがどちらから歩いてきたか、彼女には見えるのだろうか?

大体やね、一般的に言ってやね、彼女たちの掲げる目標物は判りにくい。
「ポプラの角を曲がって下さい」
「サミットの隣のビルの2階です」
ポプラやサミットがコンビニの名称だということを、すべての日本人が理解できているわけではない。思わず街路樹を探すではないか。
どーして女子の目印は、自分に関心のあるものばっかりなんだ?
と、内心不満に思っていた。

「地図の読めない女」説を信じていた。
これは浅はかだった。反省しています。

20年ぶりに和歌山放送の本社を訪ねたとき。一瞬道が判らなくなった。
おそるおそる土橋ディレクターに電話をかける。
「和歌山市駅に着きました。どっちに行けばいいですか?」
「忘れたんですか?」あ、怒ってる。
「はい。忘れました」ごめんなさい。
土橋さんが嘆息しながら教えてくれる。
「南に向かって600m歩いて下さい。小さな橋を渡ってすぐ、西側のビルです」
これまた難しい。真昼にどうやって東西南北を知ればいいのだ?
女子の説明も難しい。しかし男子の説明も難しい。
道案内はすべからく難しい。

 

photo=都会の目標物(東京・新橋) c.nagase

 

イナンナとスサノオ

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黒島.jpg

 

コミック誌『週刊モーニング』に『イナンナ』の連載がはじまった。
作者は岡野玲子氏。『陰陽師』で手塚治虫文化賞マンガ大賞を取った人だ。
「ご堪能あれ、女神が踊るベリーダンス!」と、見出しの文字が躍る。 
ベリーダンスが男性コミックのテーマになるとは!
時代の風を感じる連載である。

 

第一話は、天界の支配者イナンナが、地上に降り立つところからはじまった。
彼女は、天の地位を捨て、身につけた霊力のすべてを捨てて不毛の大地に降り立つ。
ひとりの生身の女性となったイナンナ。
彼女は旋風(つむじかぜ)を身にまとう。
地上のすべての病と苦悩を身にまとう。
あらゆる病を味わったあと、彼女は目覚め、立ち上がり、そして舞を舞う。
イナンナ舞いは、大地に豊穣をもたらす。
病は癒え、苦悩は去り、人々は和解する。
女神は歓喜のエネルギーで地上を満たし、再び天界へと帰ってゆく。

 

この物語は、スサノオの神話に似ている。
スサノオもまた、天から地に遣わされたものである。
イナンナの場合は自らの意思で、スサノオの場合は
追放されて、というちがいはあるものの、両者はともに死と再生のドラマを演じる。スサノオは熊野でよみがえり、出雲地方を平定したあと、イナンナと同じく神々の世界に凱旋する。

 

今回『熊野古道ランドマークソング』の作曲にあたり、ぼくはなぜかベリーダンスのリズムを使いたいと思った。その理由を、自分でもうまく説明できないでいたが、『イナンナ』を読んでようやく腑に落ちた。ベリーダンスのリズムの中には、スサノオによく似た神が隠れていたのだ。親近感がわくはずである。

 

イナンナとスサノオは、コインの裏表かも知れない。
いまや大地は傷つき、ぼくたちの魂は病み衰えている。
イナンナやスサノオの姿を借りて、再生の神が地上に降り立つ日は近いはずだ。

photo=すさみ町見老津から望む黒島(c.nagase)

変わりゆくもの

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古い看板.JPG

 

近所の温泉でカナミツさんと一緒になった。まことに上機嫌だった。阪神が九連勝して首位に踊り出た頃のことだ。今岡がどうとかで、打点がこうとかと浮かれていた。その後、リーグ優勝の目はなくなったが、阪神が勝つと心が華やぐではないか。


二十数年前に阪神が優勝したときも、たしかこんな感じだった。
足の裏がザワザワする感じ・・・
「あれは1984年でしたっけ?」
何を馬鹿な、という表情でカナミツさんがぼくを睨んだ。
「せん、きゅうひゃく、はちじゅう、ごねん!」と、語気を強めた。
ああそうだった。

あの頃ぼくは市ヶ谷にいた。
小さな出版社で業界紙の編集をしていた。
時はバブル前夜。
路上駐車の車がどんどん変化する。
国産車がベンツやBMWに駆逐されてゆく。
そんな光景を目の当たりにした。

あれからもう二十二年。
時代は変わったのか。どうだろう?
あまり変わらない、というのがぼくの実感だ。
皆既月食は決められた年にやってくるし、『笑っていいとも』はまだ続いている。

ただ、変わったなあ、と思うこともある
ひとつは、ミネラルウォーターを飲む習慣である。
金を出して水を買う時代が来るとは、あの頃は夢想だにしなかった。

もうひとつは、新幹線の顔である。
昭和の新幹線は、鉄人28号のような顔をしていた。
それがモスラの幼虫のような姿になり、いまではカモノハシの化け物みたいだ。

それ以外は何も変わらない。
政治家は茶番を演じ、ぼくらは毎晩のように酒を飲む。
いつもの顔ぶれ。いつもの居酒屋。
したたかに酔った頃、誰かがつぶやく。
「少しはマシな人間になりたいねぇ」
まったくだ。頷きながら、歳月ばかりが過ぎてゆく。

photo=古い看板(白浜町日置) c.nagase

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