10月の花火

|

花火.jpg

田辺市はとても小さな町である。
何をやるにしても、大都市のフォーマットは身の丈に合わない。
よくある類のアイデアや、使い古しのプログラムは、市民気質になじまない。
反骨精神が強いのだ。
したがって、万事が無手勝つ流になる。
非常識のそしりを受けても、田辺市のイベントは非常にユニークである。
小ならではの機動性を生かしたイベントを打ち出してくる。
渋滞する道路で、バイクが大型車を追い抜いていく小気味よさがある。

 
弁慶祭りのフィナーレを飾る3000発の花火もそんなイベントのひとつだ。
10月6日。今年も秋空に大輪の花が咲いた。
青みがかった闇のスクリーンを、大小無数の花火が焦がす。
まるで夏が残していった邪気を焼き払うかのようだ。
ぼくは駐車場のフェンスにもたれ、田辺湾に上がる花火を見上げた。
遠花火は音と光がずれるから、何もかもがスローモーションのように見える。
金色のしだれ柳が、ゆっくりと地表に降り注ぐ。
時間の体感速度が落ちる。
この土地では、彼岸を終えた今頃こそ夏の終わりと呼ぶにふさわしい

少し肌寒い風が吹き、草むらで鈴虫が鳴いている。
 

夏は酒くさい親戚のおじさんみたいだ。
そばにいるとうっとうしい。
しかし、いざいなくなると意外に淋しいものだ。
轟音に追われて、おじさんの背中が遠ざかる。
同じように、ぼくの中にも夏の邪気が漂っている。
こいつを一緒に蹴散らしてくれ。
ちっぽけな自意識。利己的な欲望。
べたつく夏の余韻をリセットしたい。
花火が心の中で弾ける。
邪気と邪念が一緒に燃える。
影も形も消えてなくなれ!
 

明日になれば、気圧配置が変わるだろう。
背筋の伸びた少女のように、正義感の強い季節がやってくる。
過ぎ行く夏に号砲を!
10月こそ、花火の季節にふさわしい。

photo=扇ケ浜の花火(s.ueda)

このブログ記事について

このページは、蛯乃木が2007年10月10日 10:29に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「「自由」の反対語」です。

次のブログ記事は「17歳の夏」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。