2台のカセットデッキと、8トラックのミキサーがぼくたちの武器のすべてだった。17歳の夏だった。
高1の文化祭。友だちのバンドに頼まれて、見よう見まねで詞を書いたのが歌作りのきっかけだった。歌詞を書いていると、するするとメロディがついてくる。自分は天才ではないかと思った。何の苦労もなく曲が作れたのだ。あの頃は。
翌年の夏、書きためた歌の中から使えそうなものを録音しようと思い立ち、前述の機材をそろえ、8畳の自室に閉じこもった。
うだるような暑さの中、窓を閉め切ってレコーディングを開始した。エアコンなどあるわけもない。扇風機があっても、音が出るから使えない。ぼくたちは低温サウナの中で、もくもくとトラックを重ねてゆく。とくにドラムセットの録音が大変だった。ほかの楽器と音量のバランスが取れないので、ぼくらは襖を持ち込んでドラム用の簡易ブースを作った。一学年下のシゲキが大活躍してくれた。汗だくになりながら、襖を支えてくれるのだ。作曲家兼エンジニア兼ディレクター兼プロデューサーのぼくが指示を出す。「シゲキ、動かないで!息を止めて」もうめちゃくちゃである。
オーバーダビングをしながら、時間をかけて一曲を仕上げていく。前日と同じセッティングをしても、なかなか同じ音が出ない。考えてみれば、気温や湿度によって楽器の音が変わるのは当然だ。室内にいる人数もちがう。条件は刻々と変化しているのだ。ところがぼくたちはそうは考えなかった。
録音がうまくいかないのは、祈りが足りないせいだと思った。音楽というものは、きっと神秘的な法則に支配されている。音楽とは、小さな奇跡の集合体である。ミューズの祝福を受けたものだけが、すばらしい音楽を生み出すことができるのだ、と。だからぼくたちはひたすら祈った。演奏がうまくいきますように。録音がうまくいきますように。目を閉じ、頭を垂れ、汗の雫を落としながら、ずっとずっと祈り続けた。
この年になっても、基本的な姿勢は変わらない。スタジオに入ることは、ミューズの足下にひざまずくことである。いつのまにか、目に見えない存在を畏怖する心が定着している。
それはあの暑い夏、薄暗い自室のスタジオにこもり、音楽の神に祈り続けた体験に培われたものだと思う。
photo=扇ケ浜の突堤(c.nagase)
このページは、蛯乃木が2007年10月13日 09:11に書いたブログ記事です。
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