2007年12月アーカイブ
朝、ホテルのロビーで、K氏に遭遇した。
いそいそと近づいてゆく。
昨夜の戦果を聞きたいではないか。
年に一度の忘年旅行。
この年は北海道を選んだ。
青年会議所のOB6人組は毎年こうして旅をする。
ぜいたくなものだ、と思うが年に一度のお祭りである。
どうかお許しいただきたい。
一次会は、かにすきだった。
可もなく不可もなく、カフカもなく、
宴会はサクサクと進行した。
ほどよく酔って、身体を温めて、
ぼくたちは二次会に駒を進めた。
ススキノといえば、キャバクラでしょ。
誰に同意を求めているのかよくわからないが、
とにかくぼくたちはキャバクラへ。
この店に、K氏がはまった。
三次会に席を立っても、K氏は動かない。
このまま店に居座るという。
それもいいんじゃない、自由だし。
ぼくたちは店を出た。しかしK氏の動向が気にかかる。
60分おきに電話をかけた。出ない。
24時を過ぎ、25時を過ぎても連絡がつかない。
ホテルに戻った形跡もない。
あのあと一体どうなったのか?
そのK氏にロビーで会った。
話が聞きたいではないか。
あっというまに仲間が集まって来た。
K氏は、渦中の人になった。
結論から先に言う。
看板になるまで、K氏はその店にいた。
ぼくたちはどよめいた。
決して安い店ではない。
それぞれが胸の中で電卓を叩きはじめた。
「いくらぐらい使った?」とタマイ氏が口火を切った。
K氏は答えない。思い出したくもなさそうだ。
タマイ氏は、質問の方向を変えた。
「タラバ蟹で言うと、何匹くらい?」
「は?」
「昨夜使ったお金で、タラバ蟹なら何匹買える?」
K氏が聞き返す。「いちタラバ、いくら?」
「いちタラバ、6,800円!」
K氏が指を折る。だんだん元気がなくなってゆく。
「じゅっタラバ?」と横からセーヤンが聞く。
K氏は首を振る。
「わかった!」とタマイ氏。空から数字が降りてきたらしい。
「じゅうよんタラバや!」
ガクリ、とK氏がうなだれた。
地域通貨という概念がある。
市場原理が猛威を振るえば、地域社会はひとたまりもない。
買い物はショッピングセンターで。
教育費をかけた子供は中央へ。
地域は二重の収奪にさらされている。
何らかの手法で防衛しなければ、地域社会に未来はない。
地域通貨は苦肉の策だが、夕張市の再建に採用されるなど、
ここにきて広がりを見せはじめている。
西千葉の「ピーナッツ」など、通貨の単位が面白い。
それはともかく。
この日を契機に、ぼくたちの間には
「タラバ」という通貨の単位が生まれた。
他人に知られたくない金銭のやり取りは、
これ以後「タラバ」で数えられることになる。
地元田辺に地域通貨が生まれるとしたら、
単位は何と呼ばれるだろう?
地場産業に敬意を表して、やはり「プラム」になるのだろうか。
悪くない、と思う。
覚えやすいし、語呂がいい。
問題は、「いちプラム」がいくらかだ。
事情通のハラ君に訊いてみた。
そうですねぇ、
一粒20円くらいでしょうか、という答え。
「タラバ」に比べると格段に安いではないか。
将来地域通貨が定着し、
北海道と田辺が直接交易をするようになったら大変だ。
「タラバ」を手に入れるために、大量の「プラム」が必要になる。
リュックサックに「プラム」を詰めて、津軽海峡を渡る自分の姿が見える。
これは不便だ。ハイパーインフレの国家みたいだ。
ここはひとつ、これまで通り日銀券に介在してもらいたい。
円だけに、丸く収まる。(加齢臭)
いやはや。
この(加齢臭)というオチを書きたいばかりに、
延々と話を引っ張りました。
どうかお許しを。
というわけで、年内の『ほんまかい通信』はこれで終了です。
ご愛読に感謝します。
来年1月14日(月)から連載を再開する予定です。
より読みやすく、参加しやすいサイトを目指します。
また遊びに来て下さい。
この大晦日が、あなたにとって素敵な大晦日になりますように。
そして、2008年が素晴らしい一年になりますように。
心からお祈り申し上げます。
ありがとうございました!
毎週金曜日の夜11時。
JR紀伊田辺駅のホームは、仮装大会になる。11月16日。紀伊田辺~御坊間に臨時列車が増便されたのがきっかけだった。
この秋、道交法の改定に伴い、飲酒運転の規制がさらに強化された。因果関係がない、とは言えまい。駅前の飲食店街「味小路」の客足が激減した。
ビール一杯口にすればタクシーを使うことになる。足代が飲み代を上回ることもある。心理的に冷え込むのも無理はない。
これを何とかしようと立ち上がったのが
駅前飲食店の組合だった。
電車を増便することによって、安心してお酒を飲んでもらおうというわけだ。
署名を集め、JRに嘆願した。
ありがたいことに、試験便が増発されることになった。
これが冒頭の『ナイトイレブン』である。
現在21時51分の最終電車が、23時に延長されるかどうか。
乗降率が鍵を握っている。
何とかこれを盛り上げようぜ。
毎週金曜日に有志が集まるようになったのが、右の写真である。
大変な労力である。
二度ばかりぼくも参加した。
プラットフォームがお祭り騒ぎだ。
山伏姿のコヤマ氏がホラ貝を吹く。
弁慶が憑依したイズミキヨシが見得を切る。
神官もいる。女房もいる。
ヒンシュクを買わないところがすごい。
二両つなぎの電車に乗り込むと、
座席の4割が埋まっている。
酔客以外に、勤め人もいる。学生もいる。
乗降率は悪くなさそうだ。
地域振興は真剣勝負である。
何しろ生活がかかっているのだから。
それにしても、深刻にならずに、
遊びに変えてしまうところが田辺らしくていい。
町を好きになることは、
結局のところその町に住む人を好きになることだ。
町とは、行政区分ではない。
インフラでもなく、景観でもない。
町とは、そこに暮らす人々の表情だ。
一人ひとりの人間の魅力が、そのまま町の魅力になる。
この夜、弁慶一行と鈍行列車に揺られることになった。
小さな箱の中に、日常の顔と非日常の顔。
仮装した友人の表情が、妙に生真面目で笑える。
photo=午後11発の電車に乗り込む弁慶一行(JR紀伊田辺駅) c.nagase
土橋ディレクターのご好意で、『つれもてサタデー』に二度目の出演です。
目の前にいるのは、小田川和彦さんと赤井由賀里さん。
名うてのB型コンビです。
前回の雪辱は果たせるでしょうか?
11時のニュースが終わり、ぼくたちの出番です。
小田川さんのアナウンス。
「今日はゲストを迎えています。
発売中のCD『奇跡の森』のプロデューサー、
作詞家の及川眠子さんと、
お友だちのエビノキさんです」
おぃおぃおぃおぃ。
お友だちにされてしまいました。
シロウトをスタジオに入れたらアカンがな。
番組の隙間をぬってのインタビューですから、
当然話はあっちへ行ったり、こっちへ来たり。
なかなか音楽の話になりません。
なぜか小田川さんは、及川さんの男性遍歴に関心がある様子。
「お二人は仲がいいですねぇ」
「はい」と及川さん。
「まるで恋人同士に見えますが」
小田川さん何を言うやら。
「昔付き合ってましたか?」
「いいえ」
と及川さんがキッパリと否定します。
「ワタシ、外見にこだわる方ですから!」
赤井さんが膝を叩いてうなずきました。
「イケメンがお好きなんですね!」
おぃおぃおぃおぃ。
この番組に出ると、エビノキはろくな目に合いません。
土橋ディレクターが金魚鉢の向こうで笑い転げています。
笑ってくれたから、まあいいか。
そんなわけで、ラジオでは関係ないことばかり喋ってきたので、
CDの宣伝をここでします。
『奇跡の森』、おかげさまで好評発売中です。
皆さんの友情に、心から感謝します。
時折、CDショップに置いてないぞ、という声を耳にします。
枚数が少なくてすみません。
このサイトにメールをいただければ、
CDをお送りします。全国どちらでも大丈夫です。
また、お電話での注文も受け付けます。
0739-26-4609
「クリエイティブ・クラスたなべ」の井谷宛てにお電話を下さい。
予断を許さぬ『つれもてサタデー』
出していただくたび、ブログのネタが生まれます。
どうかこれに懲りませず、
また使ってやって下さい。
よろしくお願いします(礼)
photo=生放送中のスタジオ(和歌山放送で)
「月極(つきぎめ)駐車場」のことを、
「月極(げっきょく)駐車場」と
思い込んでいた友人がいます。
日本中に土地を持つ巨大企業を
想像していたらしいのです。
月極コンツェルン?
社長の肖像は、『フォーブス』の
表紙を飾るにちがいありません。
友人の非常識も相当なものですが、
「月決め」と書かず、
わざわざ「月極」と書く慣習も
いかがなものかと思われます。
月周回衛星『かぐや』のように、
月の極点までテレポートする人が
出てこないともかぎりません。
ぼくは「天地無用」の意味を、
正反対に理解していました。
「天地」は、天と地、つまり上と下。
「無用」は用がないのだから、つまりは「関係ない」
要するに、上下をひっくり返しても
全く気にすることはない、
という意味だと信じていました。
わざわざ表示するくらいだから、
よほど自信があるにちがいない。
「天地無用」の札を見つけるたびに、
さかんに荷物をひっくり返していました。
今頃怖くなってきました。
「天地無用」によく似た言葉に、
「問答無用」という言葉があります。
「問答」は議論のこと。
「無用」は用がないのだから「関係ない」と思いがちだが、
実は関係なくないことが「天地無用」の例に明らかです。
これってひっかけ問題でしょうか?
「問答無用!」と言われたら、
議論をしなくてもいいのか、
それともしっかり議論をしなければならないのか、
考えれば考えるほどわからなくなるこの頃。
「大阪弁のおっちゃん」なら何と言うか、一度訊ねてみたいものです。
photo=駐車場の矢印(c.nagase)
甥のユウトが
道に落ちている葱を拾って食べてしまった。
「4年生にもなって信じられへんわ」
と母親のヒロミさんが嘆く。
ヒロミさんはぼくの弟の奥さんになる。
AB型の息子の養育に、
ほとほと手を焼いているらしい。
学校の帰り道、
道端になぜか葱が1本落ちていた。
よりによって、ユウトの仲間がそれを見つけた。
タナカカナタ君が食べようと言い出し、
ユウトがこれに同調した。
慎重なニシユウト君は食べなかった。
同じユウトでもえらいちがいだ。
家に帰るなり、ユウトは拾い喰いした葱の味を
うれしそうに説明したという。
彦摩呂みたいな少年である。
そばにいたヒロミさんの友人が
腹を抱えて笑い出した。
「もうつらいわ」とヒロミさん。
ヒロミさんはユウトに言って聞かせた。
道に落ちているものは、
絶対に拾い喰いしてはいけないと。
それは人間として恥ずべきことであり、
何より危険であることをこんこんと教え諭した。
「わかった?」
「わかった」
本当に理解したかどうか試す必要がある、
とヒロミさんは判断した。
「そしたらぁ、道端にぃ、ユウトの好きなチーズケーキが落ちてたら、どーする?」
ユウトの目がらんらんと輝いた。
「土ついたぁるん?」
食べる気満々である。
どっと疲れが出たが、ヒロミさんはいちからユウトに語りかけた。
たとえ土がついていなくても、
道に落ちているものは絶対口にしてはいけない。
噛んでふくめるように理由を並べ、ユウトに迫った。
「わかった?」
「わかった」
本当に理解したのだろうか。
ヒロミさんはもう一度わが子を試した。
「そしたらぁ、道端にぃ、ユウトの好きなラフランスが落ちてたら、どーする?」
ユウトが身を乗り出した。
「剥いたぁるん?」
気長に行こうぜ、ヒロミさん。
そのうち何とかなるって。
むしろ笑いの定石を外さない甥っ子を頼もしいと思うくらいだ。
スジは、悪くない。
photo=アケボノソウ(c.nagase)
12月14日から試聴コーナーがリニューアル!
和歌山に住むと、なぜか
「ザ行」と「ダ行」の区別が曖昧になる。
理由はわからない。
気候風土の影響だろうか。
伝統文化の影響だろうか。
和歌山放送の寺門アナウンサーが
ついに感染したらしい。
本番中に舌がもつれた。
「冬柴鉄三(ふゆしばてつどう)国土交通大臣が・・・」
冬柴鉄道になってしまった。
さすがにショックの色を隠せない。
かれは東京生まれの東京育ち。
江戸っ子アナウンサーの
プライドが粉々になってしまった。
和歌山弁の猛威は、かくもすさまじい。
今日も町のどこかでシュールな会話が交わされる
「どちらへ?」
「金沢」
「カナダ?」
「そうです」
ちがうっちゅーのに!
「遠いでしょうね」
「7時間半!」
妙に話がかみ合ったりする。
駅前に「栄螺(さざえ)」という居酒屋がある。
ここで待ち合わせるのも一苦労だ。
電話だと何がなんだかわからなくなる。
「今晩飲もか?」
「何時ごろ?」
「6時に。『さだえ』で」
「さだえ?」
誘われた方が首をひねる。
「さだえて、海にあるさだえか?サダエさんのサダエか?」
誘った方も自信がない。
「・・・海にあるさだえか?」
おんなじやっちゅーのに!
photo=JR紀伊田辺駅前にある、武蔵坊弁慶のどうどう(銅像) c.nagase
いまどきつまみを回す蛇口は少ないだろう。どこかにレバーがついていると思う。ご多分にもれずぼくの住まいもそうなっている。実家とマンション、どちらもレバーつきの蛇口である。ところが困ったことに、実家の蛇口はレバーを押し下げると水が止まる。反対にマンションの蛇口は、レバーを押し上げると水が止まる。このレバーのおかげで、ぼくの日常生活は落ち着かない。
ぼくが家の中で一番好きな場所は台所である。中学の頃から台所が好きで、ずいぶん母親に嫌がられた。
その習性は今でも変わらず、
どうかすると台所に立っている。
皿洗いも嫌いではない。
くどいようだが、
実家で台所を使うときは、レバーを下げると水が止まる。
そのままマンションに帰って水を使い、
水仕事の最後に悲劇が起きる。
ドバッと、それこそドバッと水が飛び出すのだ!
これはうろたえる。
求めるところと真逆の反応が返ってくるのだ。
あわててレバーを押し上げる。
飛び散った水滴を拭き取りながら沈思黙考する。
これは理不尽ではないか。
姿かたちは同一でありながら、その機能はまったく正反対なのだ。
実家に行ったら実家でドバッ。
マンションに帰ったらマンションでドバッ。
学習能力のない自分がアホみたいだが、
それにしてもこれは蛇口それ自体の構造的欠陥ではないのか。
瓜二つの人間が真逆の性格を持っていたら一体どうなる?
世の中は大混乱に陥るのではないか?
褒めたつもりが相手は怒り出すのだ。
励ましたつもりが相手は落ち込むのだ。
怖くて近づけないではないか。
えーあなたは、弟さんでしたっけ、お兄さんでしたっけ?
その卑屈な態度が、かえって火に油を注ぐ場合もある。
とにかく水がドバッと飛び出すのだ。
実家でもマンションでも必ず水浸しになるのだ。
おかげで爆弾処理班のような手つきでレバーに触れることになる。
業界の皆様にお願いします。
どちらか一方にレバーを固定していただけないでしょうか。
それぞれ言い分があり、長所短所があるのでしょうが、
小異を捨て、大同につくことはできないものでしょうか。
上か、下か。
台所に立つたび、ジャック・バウアーの気分を味わう気弱な消費者のために。
photo=山里の秋(田辺市中辺路町近露) c.nagase
金を払って髪を切ったことがなかった。
いつもカットモデルを務めていたからだ。
カットモデル。
何とうるわしい言葉。
プータローのぼくにはありがたかった。
モデルの三文字がコミュニケーションを
円滑にする。
「カットモデル、お願いできませんか?」
「ああ、いいですよ」
お互いに気持ちいいではないか。
これをあけすけに言ったらどうなるか。
「練習台になって下さい!」
不快を通り越して、不安になる。
ものは言いようである。
非常識な人は「不思議な人」
頑固な人は「意志の強い人」
気難しい人は「存在感のある人」
少し言い換えるだけで、印象はガラリと変わる。
及川眠子さんに教えられたことがある。
飲み屋に行って、隣に座った女性にもしも
褒めるところがなかったら・・・。
耳のかたちを褒めなさい、と及川さんは言う。
こんな感じだろうか。
「耳のかたちが、きれいだね」
あら。なんとなくいい雰囲気になるではないか。
この例にならえば、世界はずいぶん美しいものになる。
「飲んだくれ」は「左党」もしくは「左利き」
「スケベ親父」は、ずばり「セクシー」
だから飲んだくれのスケベ親父が二人、
田辺の夜を徘徊してもどうか大目に見てほしい。
日本語がぼくたちをろ過してくれるだろう。
こういう具合に呼ばれるならば。
よっ、左利きのセクシー!
何だか別人になったみたいでうれしい。
ねぇ、牛尾さん?
photo=街角のライオン(田辺市上屋敷、扇ケ浜保育所の壁画)c.nagase
去る12月3日。
和歌山県白浜町の白良荘グランドホテルにて、『庄野真代ディナーリサイタル』が開催されました。事前に用意した18テーブル、180席では足りなくなり、予備のテーブルを2卓追加することになりました。
音楽を言葉で表現するのはとても難しいので、当夜の演奏曲目を記します。
M1 Hey Lady 優しくなれるかい
M2 インビテーション
M3 飛んでイスタンブール
M4 恋のバカンス
M5 悲しくてやりきれない
M6 70年代メドレー
M7 奇跡の森
M8 凪の時間
M9 誓い
M10 ホワイトメッセージ
M11 砂に消えた涙
M12 月夜のワルツ
M13 あなたが微笑う時
・・・
En1 モンテカルロで乾杯
En2 Be yourself
映画を見るように、さまざまな情景が浮かびました。
古い学生街、異国の酒場。
公園に降る雪、石畳を照らす月。
はるかな時空を旅するステージになりました。
途中二度ばかり、涙で視界が揺れました。
一度目は『飛んでイスタンブール』で。
二度目は70年代メドレーの『ジョニイへの伝言』で。
悲しい恋を歌っても、別れの場面を歌っても、
庄野さんの描く主人公は、背筋のきれいな女性ばかりです。
裏切られても、陽気に見せる強さの持ち主。
後姿に気品が漂っていました。
ギターとベースとピアノとパーカッション。
アキラさんとシゲルさんとミノルさんとブンタさんが、
ひとつのグルーヴを探り当て、
それを大切に育てようとしています。
一人ひとりが自分の役割に奉仕することによって、
音楽に生命が吹き込まれてゆく。
ステージで生まれたグルーヴが、
いつのまにか客席を包み込んでいました。
演奏者と聴衆の心拍数がひとつに重なる瞬間を、
たしかに感じ取ることができました。
最高のパフォーマンスでした。
この夜は、特別な夜でした。
一足早い聖夜が来ました。
192名のお客様と白良荘グランドホテルに感謝します。
調理長と音響と照明に感謝します。
和歌山放送に感謝します。
西牟婁振興局とチャッカ白浜に感謝します。
モークといこら茶屋に感謝します。
トップツアーと南紀白浜空港に感謝します。
東急百貨店のワイン売り場に感謝します。
クロネコヤマトに感謝します。
ダンボとナギサビールに感謝します。
送迎バスの運転手さんに感謝します。
そして、このサイトに来てくれたあなたに感謝します。
ありがとうございました!
photo=リサイタル前日の12月2日、和歌山県の上富田文化会館で開かれた「おやじバンドコンテスト」に特別出演した庄野真代さんのステージ(c.nagase)
二日酔いでものが考えられない。
そんなときはぐるぐる街中を歩き回ることにしている。汗ばむくらい歩いていると、だんだん血液が動きはじめるのがわかる。熱に浮かされた脳から水分が抜けて、九九ぐらいなら口ずさめるようになってくる。
社会復帰も遠くない。
鼻歌が出るようになったら、しめたものだ。
歩くことで初めて見えてくる街の表情というものがある。都会とちがって、どの家も庭が開放的だ。11月も終わろうとしているのに、トランペットフラワーがブロック塀に花弁をぶら下げていたりする。
柿の実は色づいているが、
蜜柑はまだ青い。葉と同じ色で苦そうだ。
ありとあらゆる植物が、
太陽に向かって自分自身を差し出している。
その恩恵に対する感謝を隠さない。
太陽こそ生命の源であることを
植物は思い出させてくれる。
散歩道の途中に、ある写真スタジオの看板
(実名を出したいのだが、管理人のナガセ氏が
どうしても出すなというので断念!)がある。
すっかり錆びて文字を読むのに骨が折れるが、
そこにはこう書かれている。
「60年変退色せぬ高級カラー写真」
看板の方が先に変色してしまった。
看板は看板であることを放棄して、
もはや自然の一部になろうとしている。
この写真スタジオのご主人も、
壁面を提供した人も、
ここに看板があることを
すっかり忘れてしまっているのではないか。
市場経済の原理からほど遠い暮らしぶりがおかしくて、
ぼくはここを通るたびにうれしくなる。
「60年変退色せぬ高級カラー写真」
道行く人を和ませる、静かなたたずまいがここにある。
photo=看板がある風景(c.nagase)
世の中には、忙しさを誇示する人々がいる。政治家に多いような気がする。どこに行って、誰と会って、そんな説明を熱心にしてくれる人がいる。かぎられた面談時間なのに。
「昨夜寝てなくてさぁ!」
これも何かの自慢だろう。
忙しい連中が集まると、睡眠不足を競い合ったりする。たしかに長い人生の中には、目が回るほど忙しい日々もある。トイレに行く時間が惜しまれることもある。そんな時誰かにわかってもらいたい気がする。大変だなぁ、と理解されたい。無理するなよ、と励まされたい。ポンと肩を叩かれて、
もうひと頑張りできることもある。
だからぼくたちは忙しがって見せるのだろうか。
28歳のとき、親父が入院した。
眼底出血で車の運転ができなくなった。
仕事の穴を埋めるために、
ぼくが東京から呼び戻された。
その頃はまだ業界紙の編集をしていたから、
会社に籍を置いたまま、東京~田辺を
行ったり来たりすることになった。
体から水分が蒸発するような忙しさだった。
三ヶ月目にはいる頃、さすがに嫌気がさしてきた。
いつまでこんな生活が続くのか。
行きつけの喫茶店で汗を乾かしながら、
ぼくはアイスコーヒーを飲んでいた。
思わず「ふう」とため息が出た。
そのときのこと。
ストールをひとつはさんで隣の客が、
「お宅も、失恋ですか?」
と話しかけてきたのだ。
これはシュールな出来事だった。
顔見知りでも何でもない。
初対面の人に話しかけられたのだった。
群れをなして泳ぐ回遊魚が、
たまたま隣の一匹に話しかけるような気安さだった。
かれはどんな答えを期待したのだろう?
いまとなっては分からない。
ぼくはへどもどしながら、
その場をとりつくろったような気がする。
それにしても、この一言は記憶に残った。
何という面白い人がいるのだ、この街は!
街を好きになることは、
結局そこに住む人を好きになることだ。
素敵な街とは、素敵な人の住む場所だ。
そこまで考えたわけではないが、
ぼくは自分のふるさとに好奇心を持ちはじめた。
この街で暮らしたら、きっと面白いのではないか。
ありがたいことに、その期待は今日まで裏切られたことがない。
進路が霧に隠れたときに、誰かの一言に救われることがある。
「お宅も、失恋ですか?」
ぼくの場合、この一言だった。
photo=海に続く道(c.nagase)