2008年2月アーカイブ

しだれ梅(高山寺)

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しだれ梅と多宝塔

高山寺の多宝塔を撮影したナガセ氏から電話がありました。
「しだれ梅はもう見ましたか?」
見るも見ないも、その存在すら知りませんでした。
「あれは見て下さい。ぜひ」
温厚なナガセ氏が珍しく強い口調で言いました。
ここは従わないと。
しだれ梅は、本堂の脇にありました。
見上げるような大木でした。
しかも、舞台女優のようにあでやかでした。
ぼくたちの知っている梅とは、別のものでした。
観賞用の梅と実用の梅。
妖艶の美と清楚の美。
それぞれの魅力があるものです。
見事な枝ぶりに見とれていると、しだれ梅の匂い。
あれ?この匂いは・・・
受粉の季節を迎えた梅畑。
ぼくたちのよく知っている匂いです。
しだれ梅も低木の梅も、
どちらも同じ匂いだったのですね。

花の精の、ふたつの横顔。

 

 

しだれ梅と本堂
photo=高山寺のしだれ梅(c.nagase)

花の祝祭

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赤いチューリップ
国道の緑地帯に古守さんの姿が見えた。
きっとチューリップを植えているのだ。
そういえばこの季節、
古守さんに誘われてチューリップを植えたことがある。
NPO法人『花つぼみ会』の活動の一環だった。
あのときもやはり息が白く、
指先の冷たい季節だった。

 

4月。
いっせいに開花するチューリップを見るのは楽しい。
自分が植えたものならなおさらだ。
意味もなく、
しかも何度も、
緑地帯の花壇の前を行ったり来たりした。
好きな女の子の家の前を行ったり来たりする、
中学生の男子みたいに。

 

先日、及川さんの夫のエロルにこの話をした。
するとエロルは身を乗り出した。
「チューリップは、トルコの花ですよ」
ほんまかい?
「本当です!」
チューリップの原産国はトルコ。
それがオランダに輸出され、
かの地でまさしく開花したのだと。
へーぇ、知らなかった。

 

原産国の誇りよ、もう一度。
というわけでもないのだろうが、
イスタンブールのガバメントが、百万本のチューリップを植栽したことがあるという。
すごい規模だ。
世界遺産の街が、チューリップに埋め尽くされたという。
豪華絢爛、という言葉が頭に浮かんだ。

 

「うらやましいなあ」と、ぼく。
「そうでもないのです」と、エロル。
「えー、なぜ?」
「次の日、花はなくなりました」
「はあ?」
意味がわからない。2週間ぐらい咲くだろうに。
「ちがうのです」
エロルは申し訳なさそうな声を出した。
「恋人にチューリップをプレゼントしたのです」
「がは?」
頭がくらくらした。
泥水が攪拌されて、次第に水と泥に分離していく。

 

「イスタンブールの男が?」
「はい」
「街中のチューリップを?」
「はい」
「恋人にプレゼント?」
「はい」
「根こそぎ全部?」
「はい。そうです」エロルは顔を曇らせた。
何という大胆なことを!
公共心がないのか、君たちには!
「すみません」と、エロルが身を縮めた。
(しまった。心の声を聞かれた)

 

しかし。
少し角度を変えて見れば、これほど楽しいイベントもない。
待ちに待った開花の日、
男たちはチューリップの花束を手に恋人のドアを叩く。
抱えきれないほどの花を抱いて、男は急ぎ足になる。
妻に花を捧げる者。
母に花を捧げる者。
イスタンブールの女たちの笑顔が目に浮かぶようだ。
奇跡のような花の祝祭。
残念ながらこのイベントは、一回きりで終わってしまった。
けれども、
花を贈った男も、
花をもらった女も、
この日の記憶はいつまでも忘れないだろう。

 

「みんなうれしかっただろうなぁ」と、ぼく。
「はい。みんな幸せでした」と、エロル。
その日の光景を思い出したのか、エロルに人懐こい笑みが戻った。
及川さんも、大いに喜んだにちがいない。

photp=赤いチューリップ(c.nagase)

 

 

 

ツタのからまる小屋近所のコンビニに面白い貼り紙を見つけた。

 

当店では、ご好評につき

「スピードくじ」

を終了させていただきました。

 

この日本語、おかしくないですか?

手元で大きく曲がるスライダーみたいだ。

ご好評ならば、

「スピードくじ」は延長されるべきではないか。

たとえば以下のように。

 

当店では、ご好評につき

「スピードくじ」

を追加させていただきました。

 

これなら話がわかるというものだ。

あるいは、客の間で争奪戦が演じられ、

思いがけない速度で「スピードくじ」が無くなってしまったのであれば、

素直にそう書いた方がいい。

 

当店では、品切れにつき

「スピードくじ」

を終了させていただきます。

ありがとうございました。

 

この方がずっとわかりやすい。

一事が万事というと叱られるのだろうが、

コンビニやファミレスの奇妙なていねいさには戸惑うばかりだ。

店を出るとき、大きな声で見送られる。

「ありがとうございました!またお越し下さい!」

思わず「ごちそうさまでした!」と答えてしまい、

ここが『ローソン』だったことに気がつく。

何度恥かしい思いをしたことか。

 

そういえば、

学生街のコンビニで不思議な体験をしたことがある。

聡明な顔をした青年がレジに立っていた。

会計は、手際よく進められた。

「ありがとうございました」

ぼくの手のひらに小銭を乗せながら、かれは確かにこう言った。

「お釣りは、ちょうど244円です!」

 

絶句したまま、ぼくは店を出た。

何が「ちょうど」だったのだろう?

ワカラナイ。

あの日、かれは何を計算していたのか。

今でも気になる。

 

photo=ツタのからまる小屋(c.nagase)

 

 

ミカン.JPG2007年の温州みかんは、
缶詰のみかんの味がしました。
シロップに漬けたか、と思うほど甘いのです。
甘いだけじゃない。
皮に裂け目を入れたとき、
ぷしゅっとはじける香りが何とも言えない。
びっくりするほどのおいしさでした。
事情通のハラ君に話を聞くと、
07~08年はみかんの当たり年だとか。
さもありなん。
全くみかんに関心のなかったぼくが、
夢中になって食べるくらいですから。
水っぽいみかん。
酸っぱいみかん。
みかんに対する先入観が塗り替えられました。
ハラ君によると、
むかしのみかんは糖度8くらいで出荷されていたそうです。
今は少なくても10。
昨年の温州みかんなど、
おしなべて糖度11を超えているとか。
印象が変わるはずです。
ぼくらの子供の頃とは、別物になっていたのですね。
紀州みかんの人気も、往年の勢いを取り戻しつつあるようです。
よかったね、と言うと、
ハラ君は少し悲しそうな顔をしました。
これだけ甘いみかんを作ると、
木はすっかり疲れてしまうのだそうです。
水分を補給せずに、
走り続けるようなものだと。
知らなかった。
いい気になって贅沢をするところでした。
来年からは少しくらい水っぽくても喜んで食べます。
だから、木を大切にしてあげて下さい。
そして、少しでも長く、
おいしいみかんを作り続けて下さい。

 

写真は、紀州原農園の『みかんいろいろ』です。
八朔、三宝柑、伊予柑、デコポン、せとか、甘夏など。
味もさることながら、
一つひとつにシールが貼られ、見ているだけでも楽しくなります。
ぜひ、お問い合わせを。

みかんと梅の紀州原農園
harafarm@nike.eonete.ne.jp

 

ギョーザ1
 
時ならぬギョーザブームらしい。
ギョーザの皮、ひき肉、ニラが値上がりしているという
おまけに、ギョーザの成型器のようなものまで売れている。
なぜだ?

 

いとこのY君から電話があった。
「ユウちゃん、ヒマ?」
ヒマ、と訊かれて「忙しい」と答えるほど野暮ではない。
「ウン。目がまわるほどヒマ」
「ギョーザでも、食べに行けへん?」
「ギョーザ?」
思わず訊き返した。
「何でまた、今頃ギョーザ?」
「毎日テレビでギョーザやろ。
なんや無性に食べたいねん」
念のために断っておくが、Y君はまともビジネスマンだ。
ゲーム機器を製造している。
ふだんの言動は正常なのだが。
「危ないで」と、ぼくは抵抗を試みた。
アハハ、とY君が笑った。
「それは冷凍ギョーザやろ?
手づくりやったら大丈夫!」
それもそうだが。
一方通行を逆行するような違和感がある。
「オレは、遠慮しとくわ」

ギョーザ2「そうか。残念やな」
Y君がポツリと言った。
「ユウちゃんやったら、行く思たのに」

 

仕事の合間に、及川さんにこの話をした。
新宿近辺の、コーヒー一杯1,050円の店。
「私やったら行くけどな」
こともなげにそう言って、及川さんは煙草に火をつけた。
「その子、血液型何型?」
「たしか、B型」
「そやろ。あんたは?」
「B型。あんたと一緒や」
及川さんは、語気を強めた。
「B型やったら、行かなアカン!」
どんな使命感や!

 

今回のギョーザブームと血液型の間に、
何らかの因果関係があるのだろうか。
及川さん分析はユニークだった。
「A型の人は?」
「A型の人は、行かへん。誘っても無駄や。ヒンシュク買うで」
及川さんは眉をひそめた。
思わず笑ってしまった。
東京の人なら「何、それ?」、

ギョーザ3関西の人なら「アホちゃう?」と口にするときの顔だ。
「O型の人は?」
「機嫌よう一緒についてくるけど、箸はつけへんと思う」
なるほどなぁ。では、AB型の人は?
「店の前まで一緒に来て、隣の店に誘われると思う」
これも思い当たるフシがある。
結果的にスパゲティを食べさせられそうだ。

 

 及川さんの説に従えば、
日本人はいま急速にB型化しつつあるのかも知れない。
これはまずい。
絶対にまずい。
倫理観に乏しく、好奇心のみで動くB型。
みんないっせいに喋っているが、誰も人の話を聞いていないB型。
こういう人種が増えてしまったら、
日本の将来は立ち行かなくなるだろう。
何としても阻止しなければ。
ブームが終息するまで、
ギョーザは口にすまいと誓った。
たとえぼく一人でも。

 

ギョーザ4船べりに人が集まると、思わず反対側に移動する習性。
B型特有のバランス感覚を、
人は往々にして「天の邪鬼」と呼ぶ。

 

カラオケ配信

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奇跡の森のサムネール画像

『奇跡の森』のカラオケ配信がはじまりました。
DAM(第一興商)で歌えます。
「これ地元の歌らしいで」
などと言いながら、軽いカンジで歌ってみて下さい。
誰かが歌っていたら、盛大に拍手してあげて下さい。

 

 

 

さて。
カラオケというと、保坂和志を思い出す。
この人、心からカラオケを愛しているみたい。
カラオケに行かない理由が、
「次の日の仕事に差し支えるから」
そんなに完全燃焼しなくてもいいと思う。

 

一度白浜温泉のスナックで、
二人で狂ったようにカラオケを歌ったことがある。
まだ『プレーンソング』が世に出る前だった。
ホサカも若くヒマだった。
初めての店で、もちネタをすべて披露した。
ぼくは原田芳雄の物真似で、美空ひばりの『真赤な太陽』を歌った。
ホサカは、クールファイブの『そして神戸』を歌いながら、
状況劇場の小林薫の物真似をはじめた。
二人で交互に馬鹿なことをやっていたら
とうとう店長が怒り出した。
他に客がいたわけではないから、
われわれのパフォーマンスがかれの感情を逆なでした、
ということだろう。
それ以来、ホサカと外で酒を飲むと、
ろくな目に合わないような気がする。

 

これはカラオケではないのだが。
大阪はミナミのバーで、
美人作家を含む男女4人で酒を飲んでいたところ、
何を思ったか、ホサカが急に狂言の物真似をはじめた。
「キャー!キャー!キャー!」
野村萬斎が息子に猿の演技を教えているところの物真似らしい。
「キャー!キャー!キャー!」
身が縮むような大声である。
ぼくらが困れば困るほど、だんだんホサカはうれしくなってくる。
「キャー!キャー!キャー!」
温厚なマスターがついに怒った。
どっかよそでやってくれ!
そりゃそうだ。
ぼくらは身の回りを片づけはじめたが、
ホサカ一人が不服そうな顔をしていた。
つまり、黒目を大きく見開いて、唇の先端をとがらせていた。

 

そして去年の夏。
銀座系の美女2名と井の頭公園でワインを飲んでいたとき。
いいかげん帰ろうとしたら、
ホサカがカラオケに行くと言い出した。
近所のカラオケボックスに入った。
機嫌のいいとき、ホサカはブルーハーツを歌う。
一曲目、『トレイン・トレイン』
一座がパーッと盛り上がった。
二曲目、『情熱の薔薇』
ぼくらは一生懸命手拍子をした。
三曲目、RCサクセションの『雨あがりの夜空に』
だんだん息が切れてきた。
三人とも手のひらが真っ赤だ。
ぜいぜいあえいでいると、さすがのホサカもまずいと感じたらしく、
「じゃあ、次の曲は気分を変えて・・・」
選んだ曲は、『リンダリンダ』だった。
ドサリ、と美女2名の倒れる音がした。

 

二人の心の声が聞こえた。
ぜんぜん変わってません、ホサカさん!

 

photo=白浜温泉(c.nagase)

白浜温泉


 

多宝塔(高山寺)

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高山寺多宝塔
中学の終わり頃だったと思います。
多宝塔によじのぼり、
屋根に座って海を見ていると、
下から声をかけられました。
先代の和尚様でした。
眉が太く、目が大きく、今でも表情を覚えています。
「よう見えるか」と、和尚様は聞きました。
「はい」と答えたかどうか。
ぼくはしどろもどろでした。
「どうやって昇った」
「避雷針を伝いました」
「ほう?」和尚様は、目を丸くされました。
「お前は、身が軽いな」
ぼくは黙っていました。
「大昔にひとり、そこに昇った者がおる」
和尚様はおかしそうに一人笑いをしました。
「あれも身が軽かった」
ぼくはあわてて屋根から降りました。
話しの続きを聞きたいと思ったのです。
「その人は、どうなりました?」
「鳶の、親方になった」
優しい声でした。
体の芯を温められたような気がしました。

 

和尚様は、ひとことも叱りませんでした。
ひとことも叱られなかったけれど、
それ以後、ぼくは二度と多宝塔に昇りませんでした。

 

photo=早咲きの桜と多宝塔(2008年2月14日) c.nagase


 

余興列車

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夜の紀伊田辺駅前
 

臨時列車『ナイトイレブン』の延長が決まった。
ドカチャカドカチャカドカチャカ!(と、にぎやかなSE)
関係者の努力が報われたわけだ。
これほどうれしいことはない。
弁慶様ご一行など、小躍りして喜んでいるのではないか。
しかしながら。

 

延長期間は3月末までだという。
ケチくさいのではないか。
と、JR西日本を責めようとは思わない。
かれらもビジネスである。
空気を運ぶわけにはいかない。
さらに言えば。

 

地域振興のためだからと、
意味もなく電車を走らせるほど田辺市民は馬鹿ではない。
要するに、乗降率を下げなければよいのだ。
(と見栄を張ったが、実情はきびしいかも)
地元の飲食業者からなる『味光路振興会』によると、
「(毎年)2、3月は忘年会・新年会シーズンが終わり、客が減少する時期」
であるという。(2008.1.23紀伊民報)
振興会と飲食業組合は、誘客対策を用意した。
あっと驚く内容だった。

 

● 車内でのマジックショー開催
● 加盟店で利用できるサービス券を配布
● ポスター作成
● 民間企業を回っての利用呼びかけ

 

何という頭の柔らかさ。
ハードルが一段上がることによって、
『ナイトイレブン』は余興列車に進化した。
電車の中で腕時計が消えたり、ハトが飛んだりするのなら、
それだけで『ナイトイレブン』に乗ってみたいと思う。

 

今回も乗降率は何とかクリアするだろう。
万一客足が鈍ければ、新聞で出演者を公募すればよい。
一芸に秀でた人は少なからずいる。
弾き語りでよければ、ぼくもギターを持って参加する。
紀伊田辺から御坊までの約60分間。
全10曲のトークライブなんてどうだろう?

 

余計に乗降率を下げたりして。

 

photo=夜の紀伊田辺駅前(c.nagase)

 


 

無口なカーナビ

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DSC_1150.JPG

2年ぶりに青年会議所OB6人組で旅をした。
目的地は福岡。
高校受験、大学受験の子供を持つ仲間のために、
太宰府天満宮にお参りしようというわけだ。
その夜は、長浜の鮨屋で新年会。
例によってタマイ氏が、すべての行程をアレンジしてくれた。

 

福岡空港に降り、レンタカーを借りた。
7人乗りのワンボックス。
小学生に戻ったおっさん6人が乗り込む。
ありがたいことにカーナビが装備されている。
小はアイロンがけから大は建築現場まで、
人生行路に不可能を知らないタマイ氏だが、
さすがに福岡でハンドルを握るのは初めてらしい。
カーナビに目的地を設定した。

 

えーと、だだいふてんまんぐう、と。
カラオケの選曲みたいに、
50音図のひらがなを指先で押してゆく。
機械はうんともすんとも言わない。
あれ?おかしいな。
アホか、と助手席のナゴヤ氏が割り込む。
ざだいふてんまうぐう・・・
お約束の入力ミスがはじまった。
二人はかわりばんこにでたらめな日本語を打ち込んだ。
プチ、と音を立ててカーナビが切れた気がした。
悪い予感がした。

 

ダーッ、というか、
ガーッ、というか、
とにかく擬音まじりの勢いで、
ぼくたちは高速道路を走りはじめた。
「大宰府」の表示に引かれてETCを抜けると、
何たることか、道は二又に分かれていた。
片や「北九州・山口」
片や「熊本・大分」
福岡市内の出口はなかった。
しまった、と思ったがもう遅かった。
「熊本まで91km」の表示に従い、
ひたすらまっすぐ走り続けるしかなかった。

 

そもそも、高速に乗ったのがまちがいだったのかも知れない。
しかし、カーナビは何も言わなかった。
料金所をくぐるときも黙っていた。
水前寺公園を目指して走っている今でさえ、
こやつは押し黙ったままである。
ぼくたちを太宰府天満宮に連れて行く意思はあるのだろうか。
次のインターチェンジで車を降ろし、
タマイ氏は自力で道を探しはじめた。
無言のモニターに写る地図を頼りに。

 

大宰府に近づくにつれ、
次第に道が入り組んできた。
いいかげん心細くなった頃、
カーナビが初めて口を開いた。
「次の交差点、左方向です」
喋れるのかよ!
交差点が視界に入ったとき、
ぼくたちは思わずぎゃっと叫んだ。
そこは*字型の立体交差だった。
左方向に道が2本ある。
どっちだ?
えいままよ、とタマイ氏がハンドルを切った。
カーナビは無言。
やれやれこれで良かったのか。
しばらく走っていると、カーナビがポツリとつぶやいた。
「リルートします」
何だと?
「2キロメートル先、右方向です」
自分の耳を疑った。
いくら何でも、遠すぎないか?
カーナビは返事をしない。

 

無口なカーナビ。
必要以外のことは口にしない。
必要なことでも、ややもすると口ごもる。
プログラムに問題があるか、
ぼくたちがプログラムを誤作動させたか、
そのいずれかにちがいない。
ひょっとしたら、
プログラムをした人が九州男児だったのかも知れない。
ぼくたちは想像めぐらせた。
今時珍しい寡黙な男。
壁には高倉健のポスター。
心の中で口ずさむのは、『兄弟仁義』

 

「俺の目をみろ 何んにもいうな
男同士の 腹のうち
ひとりぐらいは こういう馬鹿が
いなきゃ世間の 目はさめぬ」

 

ここまで徹底してくれれば、いっそあきらめがつくというものだ。
同じプログラムでも、
関西人の手にかかれば、
まったく別のものになるだろう。
「ちゃうちゃう!ちゃうちゃう!」
交差点に入る前から、
桂文珍の声で大騒ぎするにちがいない。
「そっち行ったらアカン!右や右や、右やがな!」
頭の中が真っ白になりそうだ。
かえって危ないような気がする。

 

目かくし競争みたいに右往左往しながら、
やっとたどり着いた太宰府天満宮は、
参詣客で大いに賑わっていた。
受験シーズンは目の前。
社殿の一つひとつにお賽銭を投げ込みながら、
もっともらしく手を合わせてみる。
あとは酒を飲むだけだ。
有名な『飛梅』は、二分咲きだった。
田辺よりも、少し春が早いと思った。
 

photo=太宰府天満宮の飛梅(h.tamai)

二分咲の飛梅

木津医院

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木津医院全景.JPG
前出の赤別荘と対をなすのがこの木津医院です。
昭和初期の建物です。
鉤の手の路地を片っ端から壊した田辺市民ですが、
この木津医院は奇跡的に保存されました。
けれども、利用の仕方がわからない。
観光客に聞くと、
田辺を散策したくても、
ゆっくり休める場所がない、と言います。
お茶を飲んだり、スウィーツを食べたり。
気分転換をしながら街なみに溶け込んでゆくプロセスは大切です。
日常生活と異なる時間を体験するために、
人は旅をするのでしょうから。
片や地元の商店街は、
観光客の滞留時間が伸びなければ、
経済効果はおぼつかない、と言います。
訪れる人も、
迎える人も、
実は同じ方向を向いているのですね。
にもかかわらず、
気の利いたカフェのひとつもない旧市内。
地域振興の鍵は、資本ではなく、
知恵や感性に委ねられる時代が来ました。
この木津医院の存在は、

観光客と地元の接点になるような気がします。
そのために何をすればよいのか。
具体的なプランを持たない自分自身が歯痒くなりますが。

木津医院玄関
 

 photo=c.nagase


ドライブ雑感

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トルコの焼き物

車の運転が上手くならない。

四半世紀も乗っているのに。
左のタイヤが、どこを踏んでいるのか分からない。
車幅の感覚もない。
おまけに集中力がない。
1時間も運転していると、
だんだん眠くなってくる。
飽きっぽいのだ。
これは運転にかぎらず、
何事においてもだが。

 

ドライブそのものは、嫌いではない。
助手席に乗せていただけるのなら、
何時間でも乗っていられる。
運転手のとなりで、

オーディオをいじり回すのは楽しい。
スピッツの草野マサムネとか、
ポルノグラフティの岡野昭仁の声が好きだ。
最近では、ファンキーモンキーベイビーズが気に入っている。
海岸線の風景によく似合う。

 

とまあ書いては見たものの、
助手席に乗せてくれる人などいない。
仕方がないので自分でハンドルを握ることになる。
ぼくの車は実用本位の運動靴だ。
カーナビもついてない。
ETCもついてない。
足下には、トルコポップスのCDが散乱している。
庄野真代さんのトルコツアーに備えて、
現地の音楽を勉強するために、
当分の間、近東のダンスミュージック漬けの日々が続きそうだ。
低音をフルボリュームにして、ベースラインをチェックする。
密閉空間の中に、ジプシー音楽が鳴り響く。
これ少し異様です。
自分でも首を傾げることがある。
喜んでくれるのは、及川さんの夫のエロルだけだ。
 

photo=トルコ記念館(串本町)近くの店に並んだトルコの器とビール(c.nagase)

 




サンマの丸干し!

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紀伊水道サンマの丸干しがようやく届いた。
待ちに待ったサンマの丸干し!

 

「秋刀魚」と書くくらいだから、一般的にサンマの旬は秋。寒流に運ばれて、魚群が南下してくる。脂の乗った、丸々と太ったやつだ。


男でいえば働きざかり。
ダブルのスーツを着て、BMWを乗り回している頃だ。
勢いもある。
貫禄もある。
周囲がちやほやするのも無理はない。


しかし。
和歌山県民の目から見れば、この時期のサンマはまだまだ青い。
若ければよい、というものではない。
ショーン・コネリーを見よ。
あるいは、野際陽子を見よ。
年輪を重ねるほど、魅力的になる人々がいる。
向こう見ずな若さが消えて、
老いを受け入れる境地になった頃、
サンマは本当の旬を迎える。

 

専門店の『干博』さんから話を聞いた。
サンマに脂が乗っていると、うまく干物にならないらしい。
だから業者は、ひたすらサンマが痩せるのを待つ。
例年であれば、12月中旬には市場に出回るのだが、
今年は水温が高く、なかなかサンマの勢いが衰えなかった。
待ちくたびれたファンもつらいが、
待たせる方はもっとつらい。
いつも店を覗くたび、
申し訳ありませんと頭を下げられ、
かえってこちらが恐縮していたが、
その『干博』さんから電話が入った。
ようやく入荷しましたとのこと。

 

一ヶ月遅れのサンマの丸干し。
取りおきをお願いした分を残して、
あっという間に店頭から消えてしまった。
しわしわのサンマ。
光沢のないサンマ。
見た目は悪いが、味わい深い。
脂と一緒に雑味が抜けて、透き通るような旨味が残った。
わびと言おうか、さびと言おうか。
生よりも、開きよりも、サンマは丸干しに尽きると思う。

 

約束どおり、庄野真代さんと、
著作権でお世話になっているO社長に一箱ずつ送ることができた。
お二人の口には合っただろうか。
県外の人にはなかなか理解してもらえない、
わがふるさとの冬の風物詩。
 

photo=熊野古道の大辺路・長井坂(すさみ町)から見下ろした紀伊水道(c.ngase

 

赤別荘

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赤別荘

『赤別荘』と呼ばれるこの建物は、どこから見てもホーンテッドマンションです。
誰が住んでいるんだろう?
中はどうなっているんだろう?
子供たちの想像力ををかき立てるお屋敷でした。
いまも現役、というところがうれしい。

香月日輪さんの『妖怪アパートの幽雅な日常』(講談社)の舞台になったのもこの建物です。(きっと)
この作品が映画になるといいのに。
三木プロデューサー、何とかなりませんか?
もう一本、田辺で映画を撮りましょう!
そしてベネチアへ行きましょう!

『海と夕陽と彼女の涙 ストロベリーフィールズ』の舞台になった東陽中学校とこの赤別荘は、設計者が同じだそうです。
さらに言えば、木津医院も高山寺(の一部)も同一人物のもの。

異空間田辺を代表する建築物です。

 

photo=c.nagase

 

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