多宝塔(高山寺)
中学の終わり頃だったと思います。
多宝塔によじのぼり、
屋根に座って海を見ていると、
下から声をかけられました。
先代の和尚様でした。
眉が太く、目が大きく、今でも表情を覚えています。
「よう見えるか」と、和尚様は聞きました。
「はい」と答えたかどうか。
ぼくはしどろもどろでした。
「どうやって昇った」
「避雷針を伝いました」
「ほう?」和尚様は、目を丸くされました。
「お前は、身が軽いな」
ぼくは黙っていました。
「大昔にひとり、そこに昇った者がおる」
和尚様はおかしそうに一人笑いをしました。
「あれも身が軽かった」
ぼくはあわてて屋根から降りました。
話しの続きを聞きたいと思ったのです。
「その人は、どうなりました?」
「鳶の、親方になった」
優しい声でした。
体の芯を温められたような気がしました。
和尚様は、ひとことも叱りませんでした。
ひとことも叱られなかったけれど、
それ以後、ぼくは二度と多宝塔に昇りませんでした。
photo=早咲きの桜と多宝塔(2008年2月14日) c.nagase
コラムのうまさはもちろん文章にあるのですが、
書き手の経験とものの考え方が決定的です。
多宝塔に登ろうという発想自体は並でない。
はちゃめちゃだ。
まして避雷針なんて・・・。
短い文ですが、当惑してしまうほどおもしろい。
コラムを通り越しています。
ありがとうございます!
偏頭痛と腰痛になやまされていた体が、
嘘のようにしゃんとしました。
お寺の屋根が好きで、よく昇っていました。
あのそり具合がよいのです。
なんかすべり台みたいでしょ?
お寺の屋根を滑ってそのまま空に投げ出される夢を子供の頃よく見ました。
風を切って空を飛ぶ夢です。
この頃はあまり見ません。
たまに空を飛んでも、
天井ぐらいの低い位置をゆらゆら漂うばかりです。
軽さを失うことは、
なんとも淋しいものです。
和尚様の お顔の表情とか あたたかさが 想像できますね。 男の子と 和尚さんと なんだか 明るい 平和な お寺の 風景が 浮かびます。
あの頃は体を鍛えるのが大好きでした。
スポ根ドラマの全盛期だったのですね。
石段を見たら、うさぎ跳びをしたり。
水を飲むのをやたらガマンしたり。
「二段投げ」とか「地獄車」とか、
ありえない技の習得に情熱を注ぎました。
あまり出来のよくない中学生だったような気がします。