2008年3月アーカイブ
地元で音楽をやっていてよかった。
湯川和幸君に出会ったとき、つくづくそう思った。
湯川君は、作・編曲家にしてヴォーカリスト。
『NEXTMUSIC AWARDS』というコンテストで、
2004年度上半期のグランプリを受賞した実力者である。
どんな音楽か?
審査員のコメントを聞いてみよう。
㈱オフィスオーガスタ代表取締役 森川欣信氏の評。
「良い。音の重ね方、リズムの作り方も心得ている。
歌も淡々と歌っているようで、アフター・ビートもある。声も良い」
ちなみにオフィスオーガスタの所属アーティストは以下の面々。
山崎まさよし、スガシカオ、元ちとせ、スキマスイッチetc・・・
こういう顔ぶれのボスに見出された才能だから、すごくないわけがない。
橋渡しをしてくれた、いとこのケンちゃんには心から感謝している。
というわけで、
4月に湯川君のソロライブを計画しています。
場所は『B1』、日時は決まり次第ご案内します。
東富田の湯川宅に打ち合わせに行くと、
男二人でまあしゃべることしゃべること。
あっという間に時間が過ぎている。
このうち仕事の話はごくわずか。ほとんど雑談。
「ぼくは音楽しかできないんです」と湯川君が言う。
だからこそ軸足がぶれないのだろう。
横顔が修行僧のように見える。(ときがある)
つくづくわがふるさとには面白い人がいる。
皆さま。
ぜひ『くらやみれっしゃ』を検索して下さい。
素敵な旅を保証します!
photo=満開のスモモの花(田辺市稲成町)c.nagase
去年の12月、
庄野真代さんのディナーショーの打ち上げで
大活躍してくれたナギサビール!
いやあ、おいしかった。
ミュージシャンもスタッフも次々お代わりしてくれました。
ソムリエの田崎信也さんが絶賛した地ビールです。
URLは、http://www.nagisa.co.jp/
ナギサビール直営の『BARLY』(0739ー43-7373)もお勧めです。
口の肥えたホテル関係者が集まるレストラン。
ぼくはここの『ふわとろオムカレー』が大好きです。
思い出したら、また食べたくなってきた!
「お彼岸の中日には、お天道さんから花が降る」
と雑賀崎に伝わる『ハナフリ』
毎年春と秋のお彼岸の中日、
海に沈む夕日を眺める行事。
熟しながら落ちてゆく太陽からさまざまな光が降り注ぎ、
まるで散華(法要で華を撒くこと)のように見えることから、
『ハナフリ』と呼ばれるようになったそうです。
『雑賀崎の自然を守る会』の冊子に、
『ハナフリ』の様子が記されています。
「色とりどりの花びらが落ちるように」(60代女性)
「シャボン玉が飛んでくるようなかんじ」(72才女性)
「万華鏡のように色が変化」(50台女性)
「ダイヤモンドダストのようだった」(52才女)
人それぞれの『ハナフリ』があるようです。
受け止め方もさまざまです。
「これは夢か幻か・・・?」(49才女性)
「あまりにきれいで、この世のことかと思った」(82才女性)
「ハスの花が降るように・・・」(61才男性)
「美しく、神々しかった」(76才女性)
一度現場を見たいと思い、雑賀崎を訪ねたのが5年前。
以来、『ハナフリ』を歌にしたいと願っていたのですが、
この度ようやく完成しました。
近々皆さんに聞いていただける機会もあると思います。
予告をかねて、歌詞を掲載します。
春分の日の雑賀崎の海を思い浮かべていただけたら、
これほどうれしいことはありません。
ハナフリ
作詞・作曲:エビノキユウイチ/編曲:佐々木誠
光る砂を散りばめたみたいに
ちらちらと輝く海
目もくらむほど高い堤防に
あなたと腰を下ろした
ほら見て花びらが降るみたいに
光のかけらが降ると
指を差すあなたの爪の先に
水平線が広がる
あなたには見える不思議な光が
ぼくにはなぜか見えない
きらめく波の彼方に
飛び立つ鳥より遠く
あなたの心が空にはばたく
ぼくの知らない未来へ
港を見下ろす山の斜面に
あなたの街が広がる
石の階段が見え隠れして
オレンジの光の中
ほら見て花びらが降るみたいに
光のかけらが降ると
無邪気に笑うあなたの瞳は
誰よりもまぶしいのに
二人でならんで歩いた時間を
あなたは追い越してゆく
きらめく波の彼方に
飛び立つ鳥より遠く
あなたの心が空にはばたく
ぼくの知らない未来へ
手の届かない未来へ
photo=芳養湾(田辺市)の夕日 c.nagase
「台所が好きで、料理が趣味です」と言うと、
必ず訊かれるのは、「得意料理は何か?」
「パスタ類です」とでも答えればよさそうなものだが、
ついアマノジャクが頭をもたげ、
「マッシュポテトです」などと答えてしまう。
「えー、マッシュポテト?」
そうです。
マッシュポテトです。
1.ジャガイモ4個の皮をむき、
輪切りにして水からゆで、
ゆであがったらお湯を捨て、
ジャガイモをマッシャーでつぶす。
2.牛乳100~150ccを加え、
きべらなどで混ぜながら静かに煮て、
塩、こしょうで味を調える。
このときパルメザンチーズを大量にすりおろす。
(パルメザンチーズの塩分とコクが味のポイント)
最後に無塩バター大さじ1を加え、
さっくり混ぜ合わせて出来あがり。
(『イタリア食堂「ラ・ベットラ」のシークレットレシピ』講談社から)
「何だ、そんなもの」
と思われるかも知れませんが、
これが実にうまいのです。
テレビの旅行番組でオランダの家庭にカメラが入ったとき、
そこのお母さんが作っていたのがやはりこのマッシュポテトでした。
かれらはこの料理を『ポテトシチュー』と呼んでいました。
ゴーダチーズを大量にすりおろし、
熱々のところを食卓へ。
溶けたチーズの食感は、まさしくシチューそのもの。
団欒の中心によく似合っていました。
時々、このマッシュポテトが食べたくなります。
マッシュポテトというと肉料理の付け合せのように扱われがちですが、
ぼくの場合は反対です。
ジャガイモがメインで肉はアクセント。
このバランスがよいのです。
香ばしいパンを用意して、
コート・デュ・ローヌ地方の安いワインを抜けば、
ほとんど完璧なディナーになります。
何か音楽をかけなければ。
松任谷由実というよりも、
石川セリを聴きたい気分。
photo=モクレンとツバキ(c.nagase)
扇が浜の堤防は、格好の遊び場所だった。
あの頃の中学生は暇だったのだろうか。
いつも、アキちゃんとおかつとがそばにいた。
グレンミラーをコピーして遊んだことを思い出す。
楽器を持たずに、口で。
サックスのパートをアキちゃんが、
トランペットのパートをぼくが、
トロンボーンのパートをおかつがそれぞれ担当した。
『イン・ザ・ムード』をくり返し演奏した。(くどいようだが、口で)
パラリラッタッタッタッタティラリラ、ティラティラティラリラーとアキちゃん。
パラララッパパーとぼく。
ボン、ボン、ボン、ボンとおかつ。
どう考えても一番派手でおいしいところをアキちゃんがひとり占めしている。
うまく言いくるめられたのだろう。
おかつとぼくは自分に与えられたパートを忠実に演奏し続けた。
そうこうするうちに日が暮れた。
あいまいな演奏をするとアキちゃんが怒るので、
家に帰ってもぼくは必死でグレンミラーをコピーした。
『ムーンライト・セレナーデ』
『真珠の首飾り』
『茶色の小瓶』などなど・・・
ステレオセットにへばりついていた。
後にこのときの経験が役に立つ日が来るとは!
音楽活動を再開することになったとき、
ぼくは理論の必要性を痛感していた。
いちから勉強しようと思った。
嫌になるくらい分厚い『バークリー・メソッド』
おそるおそる読み進むうちに、
自分の体に染み付いている音の意味が掘り起こされる体験をした。
なるほど。
こういうことだったのか・・・
ありがとう、アキちゃん。
あのときのセッションの意味がようやく理解できました。
30年も過ぎてから。
photo=扇ケ浜の防波堤(c.nagase)
「空耳」をついにNHKが取り上げた!
先月23日に放送された『解体新ショー』でのこと。
難しい理屈は忘れたが、
空耳とは脳の創造的な活動らしい。
耳そのものの問題ではないようだ。
ああ、よかった。
老眼についで、
難聴になりかけているのかと思った。
たとえば、「不正アクセス」と「性悪説」の区別がつかない。
不正のhuなど、誰もはっきり発音しない。
「セイアクセス」
何じゃこりゃ?
響きを頼りに、よく似た単語を検索する。
地面を掘り起こして化石を探すような気分。
恐竜の骨を掴めばよいのだが、
たいてい茶碗のかけらを掴んでしまう。
話が全然かみ合わない。
相手が「宇宙人」の話をしているのに、
こちらは「普通人」の話をしていることがある。
相手が存在の可能性を夢中で説明しているのに、
こちらは白けきった態度で聞き流したりする。
「そんなものどこにだっているだろう?」
相手がやけに感動したりする。
NHK教育テレビが「紀陽銀行」の歌をうたっているのには驚いた。
子供がうれしそうに飛び跳ねながら歌っている。
紀陽銀行ナントカ~
紀陽銀行ナントカ~
注意深く聞いてみると「器用貧乏」の歌だった。
考えてみれば、
言葉は本来あいまいな空気の振動に過ぎない。
会話が成立するということは、
あらかじめ想定問答が共有されていることであり、
相手の発話を手がかりに、
その場にふさわしい定型文をやり取りすることである。
だからこそ、
想定問答にない発話がなされたとき、
ぼくらの耳はパニックを起こしてしまう。
意味のない音の羅列に面食らい、
これを文脈の中に押し戻そうとして、
ありえない空耳を聞くことになるわけだ。
『解体新ショー』によると、外国語の習得と空耳は、切っても切れない関係にある。
英文を聞き取ろうとして生まれた空耳の例が面白い。
「掘った芋いじるな!」
もとの文章は何だったと思いますか?
そう、「What time is it now?」
ちなみに、日本語で「掘った芋いじるな!」と言うと、
英語圏の人には「いま何時?」と聞こえるそうです。
ホントかなあ?
出来すぎのような気がする。
photo=烏売り?(c.nagase)
カタログハウスのT氏が田辺市に来ている。
新しい雑誌の創刊に向け、食材を探しているという。
ふるさとの食が注目されるチャンスかも知れない。
アテンド役を買って出た。
市内をうろうろするうちに、昼食の時間になった。
市民総合センターに車を停め、『三軒茶屋』へ。
三のつく数字と三の倍数のときだけアホになり、
田舎そばを食べ、
めはり寿司を食べ、
駐車場に戻る途中、巨大な樹木が目に入った。
かねてからの疑問が思わず口を突いて出た。
「あれは蘇鉄ですかね?」
「どれ?」とT氏が関心を示した。
「あの松ぼっくりのオバケみたいな木」
民家にさえぎられてうまく見えない。
B型の好奇心に火がついたらしい。
「見に行きましょう」とT氏が言った。
T氏は植木屋でバイトをしたことがあり、
たいていの木の種類ならわかるという。
ぼくらはSL公園に来た。
時ならぬ熱帯樹木の鑑賞会になった。
「これは見事ですねぇ!」
太い幹に支えられた巨大なパイナップル。
刃物のような葉。
毛むくじゃらの樹皮。
獰猛な獣の精霊が宿っていそうに見える。
「蘇鉄ですかね?」
「蘇鉄じゃないですね。蘇鉄はこんなに大きくなりません」
「じゃあ、棕櫚(しゅろ)?」
T氏は首を横に振った。
「葉の形がちがいます」
空の色が深い。
とても三月とは思えない。
逆光にたたずむ謎の樹は、いよいよ怪物めいてくる。
「フェニックスの一種でしょうか」とT氏がつぶやいた。
「フェニックス?」つまらない名前だ。
「ええ。今まで見たことのない種類です」
T氏は感に堪えない声を出した。
「南国だなあ!」
T氏にも名前のわからない奇樹。
ぼくは心の中で勝手に名前をつけた。
『熊蘇鉄』
うん、悪くない。
今日から君は、『熊蘇鉄』です。
ひろめ(ひとはめわかめ)のしゃぶしゃぶを前にして、
首を傾げない人はいないと思う。
平皿に盛られたびらびらの海草。
見た目の悪さは、不気味な漂流物を連想させる。
これを食べる気?
内なる声が聞こえてきそうだ。
箸が止まるのも無理はないのですが、
ここはひとつだまされたと思ってスープに泳がせてみて下さい。
ひろめをつまんで、鍋でしゃぶしゃぶ。
ほらね。
びっくりしたでしょう?
枯茶色の海草が、一瞬にしてあざやかな緑に変わる。
みすぼらしい娘が舞踏会の衣装に着替えたみたいだ。
この緑を「シンデレラ・グリーン」と名づけたくなる。
ドレスのようなひろめを一切れ、
スープと一緒に口中へ。
わお。目の前に海の風景が広がる。
潮の匂い。
ぬめぬめとした食感。
何かを思い出しそうになる。
そうだ。
アワビだ。
アワビの水貝をろ過したような味わいだ。
さすがに旨味は乏しいが、
それはスープのコクで補えばよい。
サクサクとした繊維の歯ざわりや、
何やら体内が浄化されるような気がする。
味覚だけではなく、体全体が喜ぶ感じ。
ひろめのしゃぶしゃぶを食べて驚かない人はいないと思う。
色の変化に驚き、
歯ざわりに驚き、
風味に驚くこと必定。
一年に一度、この季節だけの風物詩です。
未体験の人は、ぜひチャレンジを。
居酒屋『徳乃』(0739‐24‐1871)をお勧めします。
三月いっぱいは、メニューに供されるそうです。
photo=天神崎の磯(c.nagase)
子供の頃から絵を描くのが好きだった。
紙とエンピツを持たせたら、
日がな一日遊んでいられる子供だった。
小学一年のとき、
『ジャングル大帝』の絵を描いて、
手塚治虫先生に送ったことがある。
漫画家になりたくて仕方がなかったのだ。
驚いたことに、手塚先生ご本人から返事がきた。
「中学を出たら、手塚プロに来なさい」
走り書きの短い手紙だった。
寸暇を惜しんでお仕事をされていた時期に、
子供のファンレターにいちいち返事を書いておられた手塚先生。
残念ながら手紙は失くしてしまったが、
このときの感激はいまも忘れられない。
中学生になった頃から、
ぼくの関心は漫画から音楽に移りはじめた。
それでもそこそこ絵は描けたのだろう。
中学二年のとき、美術の時間に友だちの肖像画を書くことになった。
ぼくはアキちゃんの胸像を描いた。
そのまま人相書きに使えるくらいの出来栄えになったと思う。
ぼくの画用紙を覗き込んで、友だちがわっと吹き出した。
いつのまにか、美術の担任がうしろに立っていた。
T女史はぼくの絵を見つめ、
ため息をつきながらこう言った。
「エビノキ君の絵は・・・」
ぼくは背筋を伸ばした。
「通俗的やなあ!」
感心しきった口調だった。
ぼくの胸は誇らしい気持ちでいっぱいになった。
「ありがとうございます!」
と、頭を下げた。
家に帰るなり、さっそく母親に報告をした。
「今日、ぼくの絵、褒められたで」
「ふうん」
台所の母親が振り向いた。
「何て言われた?」
「通俗的やて」
「そうか」
母親は表情を変えなかった。
「良かったな」
誇らしい気持ちは、さらに大きくふくらんだ。
音楽に転向しても、基本的な性格が変わるわけではない。
深遠なものより、軽快なものを好み、
陰気なものより、陽気なものを愛した。
楽曲が完成するたび、
これぞと思う友人に聞かせ、批評を求める。
「通俗の国なら、お前はきっと王になる」
などと言われることがある。
本来ならば、腹を立てる場面かも知れない。
けれども、条件反射とは怖しい。
「通俗」という言葉は、ぼくを中学2年の美術の時間に連れ戻す。
同級生の笑い声。
T先生のあきれたような表情。
ぼくを幸福な気持ちにしてくれる。
ポピュラーミュージックの世界を心から愛していられるのは、
このときの勘ちがいに、
今なお支えられているということかも知れない。
photo1=絵画展(田辺市・紀南文化会館)
ph0to2=雨上がり(すさみ町見老津) c.nagase
庄野真代さんのトルコツアーが決定し、新しいプロモーション活動がはじまった。
エルトゥールル号のエピソードを紹介しながら、『誓い』をかけていただくというもの。
土橋ディレクターのご好意で、
再々度『つれもてサタデー』に出演させていただくことになった。
「三度目の正直」という言葉が頭をよぎった。
ご存知のように、前二回とも、ぼくは公共の電波で失態を演じた。
今度こそちゃんとやらなければ。
気負ったのがいけなかった。
何かに集中すると、必ずどこかに穴が開く。
いつも自分の掘った穴につまづく。
そして大勢の人に迷惑をかける。
ごめんなさい!
小田川さん、赤井さん、土橋さん!
すべりだしは、まことに快調だった。
今回のツアーを、串本町が全面的に応援してくれていること。
10月10日の出発に合わせて地元でコンサートを開き、
親善の願いを庄野さんに託してくれること。
まだ予定段階に過ぎないが、
様々なプランが用意されていることを、
小田川さんが巧みに聞き出して下さった。
そして大詰め。
マイクは及川さんに向けられた。
このコンサートの収益金は、障害を持つ子供の学校を建設するために使われること。
庄野さん一行は、全員ボランティアで参加してくれることに話が及んだとき、
あろうことかケータイが鳴った。
全身から血の気が引いた。
着信音は、ぼくのものだった!
ジュリアーノ・ジェンマ(古!)よりも素早くケータイを掴み、
音が漏れないように全身を折り曲げ、
高橋名人の指となってホールドのボタンを押した。
どうか。
どうか視聴者に気づかれませんように。
祈りも空しく、小田川さんの声。
「エビノキさん。本番中は電源切らないと」
ああ、万事休す!
赤井さんがゲラゲラ笑っている。
救いがたい失敗を、笑いでフォローしてくれた。
「エビノキさんの着信音は何ですか?」
「風です!」
と、思わず言葉が突いて出た。
すっかり舞い上がってしまい、
自分が何を言っているのか自分でもよくわからない。
「森を渡る風です!」
電話の主は、ロータリークラブのK社長だった。
番組が面白かったので、思わず電話をしたという。
「聞いてるで!」
勘弁して下さいよ、K社長!
心臓が止まるかと思いましたよ。
photo1=和歌山放送での打ち合わせ。左から土橋ディレクター、蛯乃木、及川さん
photo2=霧に煙る熊野(田辺市中辺路町) c.nagase
『そごう旅館』の裏の駐車場で面白い光景を見た。
黄色い帽子をかぶった幼稚園児が3名、道草を食っている。
男の子がふたり、女の子がひとり。
きゃあきゃあ声を上げながら長靴で水たまりを踏んでいる。
男の子のひとりが叫んだ。
「わあ、子供にもどったみたいや!」
女の子が負けない声で言い返した。
「子供やんか!」
ボケたらつっこむ。
関西の子供はこうやって小さいときから笑いのトレーニングを積む。
面白くならないわけがない。
photo=天神崎の磯(c.nagase)
スタバに限らず、テイクアウトの珈琲が持ちやすくなりました。
理由は、容器のふたが進化したからだそうです。
スタバのふたの、あの楕円の穴の開いた部分。
あれが特許なんですってね。
スチームミルクで鼻の下を汚す心配がなくなり、
カプチーノが爆発的に売れるようになったという説があります。
本当でしょうか?
いちゃもんをつけるわけではないのですが、
ぼくはどうもあの穴が好きになれません。
買ってきた珈琲を飲もうとして容器を傾けたとたん、
びっくりするほど熱い湯気が押し寄せてきませんか?
それもそのはず。
ドライヤーの吹き出し口と同じ原理で、
しぼり込めばしぼり込むほど熱量は大きくなるのですから。
ぎゃっと叫んで身構えて、
飲み口を睨みつけることになります
そうか。
こやつを手なずけるためにはフーフーするしかないのか。
唇をとがらせ、
飲み口に近づけ、
おそるおそる息を吹き込みます。
ブォ~、ブォ~と間抜けなオカリナみたいな音がします。
4回吹いてちょっと一口。
4回吹いてちょっと一口。
羹(あつもの)懲りてなます吹く自分の姿が情けなくなります。
毎回ひどい目に合うのは、ぼくだけでしょうか?
photo=お水取り(h.tamai)
新宿伊勢丹の正面玄関で、及川さんとエロルを待っていた。
10月のトルコツアーの下準備。
今日も三人で都内をうろつくことになる。
思ったよりも早く着いてしまった。
ぼくにしては珍しい。
仕方がないので時間をつぶすことにした。
余計なものをいっぱい買ってしまうので、
普段はめったに近づかないデパ地下に降りてみた。
そこは欲望の解放区だった。
熱気が渦を巻いていた。
左右の磁力に抗いながら、
生鮮コーナーを抜け、
お惣菜コーナーを抜け、
洋菓子コーナーを抜けた。
和菓子コーナーで足が止まった。
おお、いちご大福!
雪をまとった春の精。
白と赤の競演。
洋と和の出逢い。
和菓子における岡倉天心!
思わず買ってしまった。
隣の塩まめ大福と、都合二個。
実はさっきたい焼きを買い食いしたところだったのだ。
和菓子のハットトリックは避けたいところだ。
そうだ!
いちご大福はエロルに、
塩まめ大福は及川さんにプレゼントしよう!
正面玄関に戻った。
及川さんはまだ来ない。
膝の大福がどうも気になる。
袋を開けてみよう。
見るだけ。
見るだけならばよいではないか。
おお、いちご大福!
半透明の衣にくるまれた紅の果実。
思わず指で触れてしまった。
もちはぬめぬめと柔らかく、指にまとわりついてくる。
その下にごつごつとした感触。
いちごは新鮮さを誇示するように硬い。
女性的なもちと、男性的ないちご。
素材の持つ食感のちがいが、いちご大福の風味を豊かにしてくれる。
思わず口に入れてしまった。
おお、いちご大福!
もちの中でうごめくいちごを前歯で固定し、そのままさくりと噛み裂いた。
じゅわっ。音を立てて果汁があふれた。
話は変わるが、
最近はジェンダー教育の影響で、
男の子も女の子も急速に中性化しつつある。
これを看過してはならない気がする。
性差の垣根を低くすることは、
いちご大福にたとえれば、
もちを分厚くごわごわにすることであり、
いちごをぶよぶよにふやけさせてしまことである。
ちがうか?
甘酸っぱいいちご大福を食べながら、らちもないことを考えた。
及川さんはまだ来ない。
塩まめ大福ひとつを残すのもなあ。
なんか物足りないしなあ。
結局、塩まめ大福も食べてしまった。
コートの襟が真っ白になった。
早く来ないかなあ、及川さん。