熊蘇鉄
カタログハウスのT氏が田辺市に来ている。
新しい雑誌の創刊に向け、食材を探しているという。
ふるさとの食が注目されるチャンスかも知れない。
アテンド役を買って出た。
市内をうろうろするうちに、昼食の時間になった。
市民総合センターに車を停め、『三軒茶屋』へ。
三のつく数字と三の倍数のときだけアホになり、
田舎そばを食べ、
めはり寿司を食べ、
駐車場に戻る途中、巨大な樹木が目に入った。
かねてからの疑問が思わず口を突いて出た。
「あれは蘇鉄ですかね?」
「どれ?」とT氏が関心を示した。
「あの松ぼっくりのオバケみたいな木」
民家にさえぎられてうまく見えない。
B型の好奇心に火がついたらしい。
「見に行きましょう」とT氏が言った。
T氏は植木屋でバイトをしたことがあり、
たいていの木の種類ならわかるという。
ぼくらはSL公園に来た。
時ならぬ熱帯樹木の鑑賞会になった。
「これは見事ですねぇ!」
太い幹に支えられた巨大なパイナップル。
刃物のような葉。
毛むくじゃらの樹皮。
獰猛な獣の精霊が宿っていそうに見える。
「蘇鉄ですかね?」
「蘇鉄じゃないですね。蘇鉄はこんなに大きくなりません」
「じゃあ、棕櫚(しゅろ)?」
T氏は首を横に振った。
「葉の形がちがいます」
空の色が深い。
とても三月とは思えない。
逆光にたたずむ謎の樹は、いよいよ怪物めいてくる。
「フェニックスの一種でしょうか」とT氏がつぶやいた。
「フェニックス?」つまらない名前だ。
「ええ。今まで見たことのない種類です」
T氏は感に堪えない声を出した。
「南国だなあ!」
T氏にも名前のわからない奇樹。
ぼくは心の中で勝手に名前をつけた。
『熊蘇鉄』
うん、悪くない。
今日から君は、『熊蘇鉄』です。