数字の魔術

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桜と菜の花「一寸の虫にも五分の魂」とか、
「盗人にも三分の理」とか言うじゃないですか。
このときの、「五分」とか「三分」の単位が気になります。
おそらく何割何分何厘の「分」ですよね。
つまり百分の一。
一寸の虫にも5%の魂があり、
盗人にも3%の言い分がある、ということかと。

 

似たような表現で、「五分咲きの桜」というとき。
これ5%の開花じゃないですよね。
半分咲いている、ということですよね。
「腹八分」もそう。
胃の内容量の8%ということではないと思います。
おそらく80%を意味しているはずです。

 

頭がくらくらする。

 

同じ単位なのに、使われる場面によって比率が変わる。
こんなことが許されてよいものでしょうか。

 

虫に使うとき「五分」は5%。
泥棒に使うとき「三分」は3%。
桜に使うとき「五分」は50%。
内臓に使うとき「八分」は80%。

 

散髪で「五分刈り」というとき。
現場で「八分通りの出来」というとき。
この数字が何を意味するのか、
一瞬わからなくなるときがあります。

 

これは日本語の柔軟性を意味し、
日本人の共通感覚の精度の高さを意味しているのでしょうか。
それとも日本語のいい加減さを意味し、
日本人の場当たり主義を意味しているのでしょうか。
それとも。
日本語の表記に対して、
ぼくは何か根本的な勘違いをしているのでしょうか。

 

ワカラナイ。

 

同じ質問を子供にされたら、皆さんなら何と答えますか?
模範解答があったら、ぜひ教えて下さい。
マジです。

photo=c.nagas 

 

柳と桜

 

 

コメント(4)

丁度 :

確かにややこしい話です。
「分(ぶ)」は全体を10に分けた時の1つと考えた方がいいと思います。
何割何分何厘の時の「分」は確かに100分の1を指しますが、これはむしろ「分」で比率を表す場合においては例外的な存在ではないでしょうか。
ですから「盗人にも三分の理」も「腹八分」もサクラの「五分咲き」も10のうちの3であり、8であり、5だと思います。
「一寸の虫にも五分の魂」の場合、「寸」の10分の1は「分(ぶ)」という単位なので、これも5%ではなく50%が魂ということになります。
私は普段、そう理解していますが、一つ大きな問題があります。「九分九厘間違いない」という表現です。誰かがこの表現を使った時は「残りの9割1厘は間違いか?」と突っ込みたい気持ちを抑えて「99%間違いないいんだな」と無理に納得しています。

エビノキユウイチ :

丁度さん、ありがとう!
もうひざを叩いて笑っています。
「九分九厘間違いない」はすごいですね。
ものすごく確実なのか、
ものすごく頼りないのか。
「株が上がるといったじゃないか」
「九分九厘大丈夫です!」
うーん、どっちだ?

それにしても「寸」の10分の1が「分」とは知りませんでした。
一寸の虫の半分が魂だったとは!
ぎっしりつまっていたのですねぇ。
魂の塊り・・・
字も似てるもんねぇ。


ぴのこ :

難しい話ですね(゚_゚
定かではないですが、元々あった「分」「厘」「毛」に「割」が後から紛れ込んできた、と聞いたような気がします。
なので、「割」と併用するときの「分」は0.1%で単独で使われてるときは10%でいいのかなーと思ってます。
どうなんでしょう?

エビノキユウイチ :

「分」の持つ二面性にはあきれるばかりです。
相手によって自分を使い分けることはぼくにもできますが、
まさか10倍になったり、
10分の1になったりするのは無理です。
おまけに時間にまぎれこんだときは60秒のふりをしたり。
変幻自在というか、神出鬼没というか。
『ターミネーター2』の敵役みたいな単位です。

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このブログ記事について

このページは、蛯乃木が2008年4月 7日 09:30に書いたブログ記事です。

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