雨の日は傘を差そう
ドラマの主人公は、
なぜ傘も差さず雨の中に飛び出して行くのだろう。
激しい感情の表現だろうか。
緊迫感だろうか。
悲壮感だろうか。
それにしても傘ぐらい差せばいいのにと考えてしまう。
こういう主人公は、
物語の終盤で必ず無茶なことをする。
嵐の日に(しかも夜中に)、
わざわざ病気の恋人を外に連れ出そうとする。
もう一日待てないのだろうか。
お天気の昼間に、
大勢の人に助けられて外出するというわけにはいかないのだろうか。
雨の日に傘を差さない人は、
破滅に向かって突き進んでいるとしか思えない。
危なっかしくて見ていられない。
観客をハラハラさせるために、
土砂降りの中を駆けずり回るのだろうか。
それなら一応理にかなっているが、
あざとく稚拙な演出だと思う。
嵐が近づくと、
友人の牛尾画伯が山から降りてくる。
目がらんらんと輝いている。
何もこんな日に酒を飲まなくてもいいと思うのだが、
さすがに相棒がいないらしく、
たいていぼくが引っ張り出される。
嵐の「味光路」は閑散としている。(当たり前だ)
驚いたことにそれでもスナックは営業しているのだ。
牛尾さんとぼくは次から次へ扉を開ける。
どの店にも客がいない。
暇をもてあましていた女の子にちやほやされ、
店は貸し切り状態になる。
「こんな日にありがとう!」
印象に焼きつくものらしく、
次に行ったときも大切にされるようになる。
雨の日に外出するのなら、
ここまで計算するべきだ。
少なくともぼくたちは、きちんと傘を差している。
photo=三重県伊勢市、雨の赤福本店(c.nagase)
*雨の伊勢神宮(追加)です。
きょうのコメントは写真です。
どこかで見た建物と思ったら、赤福本店。
60回ぐらい行っているのに、
雨の赤福は一度も経験していないことに気づいた。
やけに静まっているのは、
賞味期限の事件の後なのかと想像してしまう。
赤福は販売を再開したが、
吉兆は廃業に追い込まれた。
ただそれだけのことだが、
それぞれに僕なりの思い入れがあるのです。
>>紫竹庵人さま
写真へのコメント、ありがとうございます。
紫竹庵人さんは晴れ男なんですね。わたしは、初めて行った伊勢神宮が大雨でした。
写真の撮影は、問題が発覚する直前の昨年9月上旬です。
http://www.agara.co.jp/modules/colum/article.php?storyid=136960
静かに見えるのは予兆かもしれません。
雨の伊勢神宮の写真を何点か追加します。エビノキさん、お許しを。
ナガセさま
ありがとうございます。
雨の伊勢神宮の静けさ。
「鎮座」という言葉がリアルに迫ってきます。
ナガセさんの写真を大勢の人が楽しみにしてくれています。
これからもよろしくお願いします。
紫竹さま
消費期限の改ざんと産地偽装のちがいをうまく分析できませんが、
『船場吉兆』の場合、
問題が噴出しているのに「何ひとつ改まらなかった」ところに機微を感じます。
先代の故湯木貞一氏は多角化・多店舗化に批判的だったそうですね。
「料理屋と屏風は、広げすぎると倒れる」(産経新聞)
飲食業の多店舗化は、なかば製造業化することによって達成されます。
料亭の経営とはベクトルがちがうのですね。
後継者にはこれが理解できなかった。
『船場吉兆』の廃業は、
そのままリスクマネジメントの教材になりそうな気がします。