金目教のトラウマ
数年前の話になるが、
『三角縁神獣鏡』が発見されたとき、
ぼくは自分の耳を疑った。
『三角淵心中教』と聞こえたのだ。
まがまがしい教義をもつ秘密結社が発見されたのかと思った。
すごく怖かった。
ぼくは信仰心のない人間ではないのだが、
宗教団体には抵抗を感じてしまう。
その理由をつらつら考えてみた。
どうも子供の頃に見た『仮面の忍者赤影』に影響されているみたいだ。
「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃、
琵琶湖の南に『金目教』という妖しい宗教が流行っていた。
それを信じないものは恐ろしい祟りに見舞われるという。
その正体は何か?
藤吉郎は飛騨の国から仮面の忍者を呼んだ。
その名は・・・赤影参上!!」
金目教の正体は、甲賀幻妖斎の率いる霞谷七人衆。
幻妖斎は金目教を広め、
日本を手中に収めようと企んでいた。
これを阻止せんとする木下藤吉郎。
甲賀忍群と飛騨忍者の間に死闘がくり広げられる。
覚えておいでだろうか。
霞谷七人衆の忍術は想像を絶するものだった。
他人の顔を写し取ったり、
巨大なガマが出現したり、
一つ目が空を飛んだり、
ほとんどSFの世界だった。
しまいにはご神体である「金目像」が動き出した。
悪の大魔神そのものだった。
このときの体験がよほど強烈だったのだろう。
一種のトラウマになったらしく、
これ以後「△△教」と聞くと身構えるようになってしまった。
「誇大妄想狂」という言葉がある。
この言葉を聞くと、
なぜか「古代妄想教」という漢字が思い浮かぶ。
耳の上で髪をたばねた古代人が集団で妄想にふけっている図を連想してしまう。
焚き火の炎が赤々と燃え、
古代人の体が前後左右に揺れる。
喜んでいるのか、
苦しんでいるのか。
相当不気味な光景が目に浮かぶ。
「金目教」のトラウマに、今も縛られているのだろうか。
photo=熊野川に横たわる奇岩「骨島」(c.nagase)
テレビの赤影はSFと言ってもよいほどの作りだった。
忍術を極めているとは言え、生身の人間(赤影)が空を飛ぶなど、荒唐無稽と言えばそれまでだが、子どもの心に強烈なインパクトを与えた。
「金目教」と聞くだけで、なぜか怖かった。
名作だったと思う。
四角い和凧を見ると、今でも白影を思い出す。
やっぱり!
「金目教」と聞くだけで怖いよね?