2008年8月アーカイブ
「串本産うめいろ」
とホワイトボードの左上に書かれているから、
かろうじてそれがサカナの名前だとわかる。
「いいのが入ってますよ。」
と言われると、
断りきれないところがいやしい。
居酒屋『徳乃』でのこと。
こうして注文した「うめいろ」はまことに美味だった。
身は半透明のあめ色。
薄い切り身を舌にのせると粘り気がある。
ちょうど昆布でしめた平目のような感じ。
口の中の粘膜と一体化しながら、
うまみ成分が唾液に溶けていく。
この食感のよさが、
「うめいろ」の大きな特長だという。
ふた切れ目を口に含んだとき、
かすかな匂いに気がついた。
磯魚にはそれぞれクセがあり、
これを覚えてしまうと病みつきになるものだが、
「うめいろ」の場合は少しちがう。
磯魚固有のクセではなく、
スモキーなフレーバーがかくれているのだ。
こういう刺身も珍しい。
樽香のきいた白ワインと相性がよさそうだ。
小鯛の笹漬けといわしの酢の物を突き出しにもらい、
「うめいろ」の刺身と穴子の天ぷらを注文し、
二人で生ビールを二杯ずつ飲んだら、
何と、五千円で小銭が返ってきた。
ぼくの居酒屋歴も長いが、
これほどコストパフォーマンスの高い店は他に知らない。
居酒屋『徳乃』は、今が旬かも。
photo=JR紀伊田辺駅前の飲食街「味光路」(c.nagase)
*都合により、8月29日(金)と9月1日(月)の更新はお休みします。次回の更新は9月3日を予定しています。
テレビをつけていたら、
たまたま男子水泳200㍍自由型の決勝がはじまった。
これはいいぞ。
個性豊かな各国の代表選手が、
それぞれのお国柄を競い合ってくれるのだ。
と思ったが、
そうでもなかった。
みんな似たような格好をしている。
ゴーグルをつけてしまうと、
誰が誰だかわからない。
プールに飛び込んだ。
あろうことか全員クロールで泳ぎはじめた。
同じ格好をした選手が、
全員同じスタイルで泳いでいる。
ひとりくらいちがうことをしてもよさそうなものだが、
事前に打ち合わせでもしたかのような集団クロール。
これのどこが自由型だ?
ぼくは腕組みをして考えた。
どんなに自由を与えられても、
「タイムを競う」
という課題に忠実になれば、
合理性の観点から、
人間の身体の動きは同じようなものになるらしい。
さらにぼくは考えた。
実は以前から「手話」が気になっている。
やりとりを横から見ていると、
相当複雑な会話が成立していることがわかる。
習ったことのない者の目にも、
およその見当のつくところが面白い。
手話の系列は、
今のところひとつではないらしいが、
水泳の例を見習うならば、
いずれ世界共通にできるのではないだろうか。
世界共通語が必要かどうか。
さまざまな立場があり、
意見が分かれるところだろうが、
世界中の人間が対話をするためには、
基軸通貨となるようなコミュニケーションの道具が必要であることはまちがいない。
英語がそのような使われ方をする場面をよく目にするが、
それにしてもひとにぎりの人間の道具でしかなさそうだ。
7年半かけて世界一周をした作家の石田ゆうすけが面白いことを言っていた。
「フランス人が英語をしゃべれるというのは嘘です。」
「マジ?」
「マジで。田舎に行ったら、ワン・ツー・スリーも通じないんですから。」
「ひゃー!」ぼくは思わず吹き出した。
「ビックリするでしょ?若い人でもまったく駄目でしたね。」
オリンピックをじっと見ていると、
人間は必要にせまられれば、
人種に関係なく同じような動きをすることがよくわかる。
これを言語に活かせないものかと思う。
つまり「手話」を統一し、
これを義務教育に組み込んでしまえば、
おのずから世界共通語が誕生するのではないか。
日常会話に困ることがなければ、
ぼくたちは世界中どこへでも気軽に旅をするだろう。
一度腰を落ち着けてから、
その国の言語や習俗をあらためて学ぶこともできる。
言葉の壁が低くなれば、
人類の行動半径は飛躍的に大きくなるだろう。
出て行くだけではなく、
受け入れる側としても意味がある。
お金がなくても、
学歴がなくても、
訪れた人と会話する能力があれば、
ぼくたちは世界中に友人を持つことができる。
入口と出口で話の中身がずいぶん変わってしまったが、
手話を世界共通にし、
誰にでも使えるようにすればいいと、
ぼくは本気で考えている。
言葉の壁がなくなることは、
つまるところ心の壁がなくなることだと信じるからだ。
photo=タヌキマメという花です。愛嬌のあるタヌキの顔に見えませんか?(c.nagase)
電話で会社の所在地を確かめると、
「地下鉄市ヶ谷駅のA2番出口を出て、
通り沿いにナントカ」
みたいな説明を受けることが多い。
非常にわかりやすいと思う反面、
何とも言えない欲求不満を感じるときがある。
こうして覚えた所在地は、
その道順でしかたどり着くことができない。
駅と所在地の位置関係がわからないため、
何かの拍子に所在地の近くにいるときも、
いったん指定の駅に戻り、
教えられた通りに歩くしかない。
目印を順番に確認しながら、
牛丼の『すき家』やら、
『カフェ・ド・クリエ』やらを頼りに歩くしかない。
同じ通りを反対側からきたのでは、
おそらく所在地の前を通り過ぎることになる。
これではいつまでたっても道を覚えないではないか。
そこで考えたのだが、
地下鉄の出口の番号に一定のルールを持たせることはできないのだろうか?
東西南北に合わせてEWSNのアルファベットを割り当て、
プラットフォームに近い順に小さい数字を割り当てるようなルール。
こうすれば頭の中に簡単な地図ができるので、
出口番号を聞いただけで、
自分の居場所と所在地の位置関係をおぼろげに理解できるような気がする。
われながらすばらしいアイデアだと思ったのだが、
すぐに問題点に気がついた。
銀座みたいに複数の路線が交差したらどうなるのだろう?
片方の駅にとって西出口は、
もう片方にとって東出口になったりする。ああ。
結局頼りになるのは、
『カフェ・ド・クリエ』だけだったりして。
photo=東京・秋葉原(c.nagase)
うす暗い駅舎は小さな祠のように見える。
無人改札を抜けると、
プラットフォームが2本。
それぞれを跨線橋がつないでいる。
プラットフォームの向こうに白百合の群生。
その向こうに水平線。
JR和深駅は、
海岸線のすぐそばにある。
今はすっかりさびれてしまって、
駅前広場には何もない。
ロータリーもない。
ベンチもない。
自転車置場もなければ、
自動販売機の類もない。
がらんどうの空間が広がって、
キリコの絵の中に迷い込んだような気がする。
キリコの絵とちがうところは、
ここには豊かな音があふれていることだ。
波音がリズムを刻み、
蝉時雨が和音を作り、
海鳥の声がアクセントをつける。
自然が奏でる音楽は、
時間の経過とともにゆっくり変化していく。
この場所が好きで、
国道42号線を南下するときは必ず立ち寄ることにしている。
何もないから、
初めて見えてくるものがある。
毎年6月、
周囲の山でひっきりなしに鶯が鳴く。
小さな川を挟んで、
互いに喉を競い合う。
太い声は体の大きさを、
息の長さは生命力の強さを、
華麗な旋律は知能の高さを表現していることがよくわかる。
まるで音楽の原点を見るようだ。
鶯の繁殖期が夏であることを、
はじめて教えられたのもこの場所だった。
photo=JR和深駅(c.nagase)
ホッチキスのない事務作業は考えられない。
これほど有用な道具なのに、
ホッチキスはどこかつかみどころがない。
たとえばホッチキスの中身。
あれを何と呼べばいいのだろうか?
事務所の女子社員に訊いてみた。
「芯です。」
「えー芯?」
「そうです。芯です。」
まわりの女の子もうなずいている。
「ホッチキスの芯です。」
ホッチキスの芯!
なんとなく収まりが悪い。
他に呼び方はないものだろうか?
「針、とちがうか?」
「エー針?」
今度は女の子が騒ぎ出した。
「針って、先がとんがって細長いでしょ?」
「そうそう、針はまっすぐです。」
そうか、針はまっすぐか。
ホッチキスの中身の場合は、
どちらかというとテレビゲームのインベーダーに似ているもんな。
むかし同級生は「玉」と呼んでいた。
ピストルの弾層(マガジン)からの連想だろうか。
男の子らしくて面白い。
芯、または針、あるいは玉。
ついに決定的な名称がわからない。
わからないものだから、
つい「ホッチキスの、あれ。」
などと呼んでいる人が多いのではないだろうか。
仕事はばりばりできるのに、
見かけが茫洋としているばかりに損をしている人がいる。
ホッチキスはそのような人物を思い出させる。
有能なくせにぱっとしないホッチキス。
だからこそ可愛いと言えなくもない。
「物足りないくらいがちょうど幸せ」(及川眠子『凪の時間』)
と庄野真代さんが歌っているように。
photo=c.nagase
ジムの荷物をまとめていると、
脳に送り込まれる酸素の量が低下するらしい。
トレーニングウェアの上下を揃えたあと、
タオルか靴下かパンツのいずれかを、
必ず入れ忘れてしまうから不思議。
三つともちゃんと入れたときは、
袋そのものを忘れて外に出ることになる。
ジムに行くのを嫌がっているのだろうか。
嫌がっているのだ、実は。
克己心というものがないのだ、ぼくは。
寝転がってアイスクリームをなめていたいのだ。
ジムの受付けまでの通路はうす暗い。
体育の単位が取れなくて、
補習に通っていた春休みの記憶が不意によみがえる。
いつのまにか『ドナドナ』を口ずさんでいる自分に気がついた。
むかしフロイトの『精神分析入門』を読んだとき、
こんなものは絵空事だと思った。
冒頭の言い間違いの例など作り話だと思っていた。
今はそうは思わない。
ぼくたちの意識は、
無意識の大海に浮かぶ小島にすぎない。
今なら素直にフロイトの言説に従うことができる。
ジムに行こうとする意識と、
どうにかしてサボろうとする無意識と。
ケンタウルスは人と馬に引き裂かれて、
今日も無為に時間が流れていくのだった。
photo=c.nagase
その当時は「登校拒否」とか、
「引きこもり」という言葉がなかったから、
ぼくは周囲から奇異な目で見られていたと思う。
とにかく学校が嫌いで、
自分の部屋に閉じこもったきり、
小説を読んだり、
絵を描いたりしている中学生だった。
田辺高校に入学し、
この傾向に拍車がかかった。
高校の三年間は、
文化祭のためにだけ登校していたような気がする。
毎年出席日数が足りないのに、
よく卒業させてもらえたものだ。
留年させられていたらきっと退学していたから、
この温情には今でも感謝している。
好き勝手なことをしながら、
内心びくびくしていたのだ。
音楽の世界に足を踏み入れたのは高1のとき。
マナゴ君(『ゴッドファーザー/愛のテーマ』参照)
のバンドに詞を書いたのがきっかけだった。
韻律を整えるためでたらめのメロディをつけていたら、
それが何となく歌になっていくではないか。
途中から作曲の方が面白くなってきた。
安いギターを買ってもらい、
一日中弾きまくった。
布団を頭からかぶって夜中まで練習をした。
習得は早かったように思う。
高2の夏には、
いっぱしのミュージシャン気取りだった。
自分の部屋をスタジオに改造し、
8チャンネルのミキサーを使ってデモテープを作りはじめた。
夏休みに録音した一曲をNHKに送ったら、
『FMリクエストアワー』という番組で流してくれた。
この曲にリクエストが殺到し、
今で言うヘビーローテーションの扱いになった。
ヒット曲に混じって自分の音楽が流れてくる気分は格別だった。
ずいぶん幸運なスタートを切ったものだ。
毎年8月になると、
ぼくはこのときのことを思い出す。
閉め切った窓。
揺れるレベルメーター。
汗びっしょりになりながら、
ぼくはヘッドホンに全神経を集中していた。
あれから30年余り。
自分の作品が世に出るまで30年の時間がかかると知ったら、
その頃のぼくはどんな顔をするだろう?
気の遠くなるような時間の長さに、
へなへなとしゃがみこんでしまうのではないか。
振り返れば、
あっという間の出来事なのだが。
photo=c.nagase
スイカの皮と実の間にあるあの白い部分を何と呼べばいいのだろう?
甘くないので実とは呼びにくいが、
食べて食べれないこともない。
じっさいこの部分をぬか漬けにすると瓜のような風味になる。
実でもなく、
皮でもなく、
実に中途半端な存在なのだが、
『ひとりじめ』にかぎって言えば、
この問題で頭を悩ます必要はなさそうだ。
実と皮の間に白い部分がないからだ。
印南町の特産『ひとりじめ』
その断面の美しさに驚かない人はいないと思う。
果肉がびっしりつまって外皮が薄い。
今にもはちきれそうに見える。
スイカ爆弾、
とでも呼びたくなってくる。
『ひとりじめ』が登場したせいで、
スイカの世界は地殻変動が起きているのではないだろうか。
この味を知ってしまうと、
今まで食べていたスイカは何だったんだという気になる。
値段ばかり高くて、
水っぽいスイカにお金を出すのが惜しくなってくる。
みかん、梅、柿、桃に加えて『ひとりじめ』
和歌山県は果樹王国に見えてくる。
スイカは野菜だと言われそうだが、
平気で果物に分類してしまいたい。
こんなに甘い野菜があってたまるか、という感じ。
その個性が登場することによって、
業界の水準が一気に変容することがある。
『ひとりじめ』の見事さは、
将棋における羽生善治や、
漫画における大友克洋を連想させる。
未体験の方はぜひ!
スイカのイメージが一新されます、きっと。
photo=c.nagase
来る8月12日(火)、
扇ヶ浜海水浴場にて『扇ヶ浜の夕べ』が開催されます。
時間は午後7時から。
このイベントに湯川和幸君が登場します。
湯川君の出番は、
7時30分から8時まで。
夕日が沈んだばかりの海を背景に、
湯川君の歌声が響きます。
波と、風と、ピアノの弾き語り。
さぞかし気持ちがいいでしょうね。
夏の夕暮れ、
ライブを聴きながら飲む生ビールは格別です。
フロアは砂浜。
天井は残照のスペクトル。
シチュエーションの贅沢さにうっとりします。
もう一組ピッキングギターの演奏のあと、
夜空に花火が打ち上げられるそうです。
静から動へ。
メリハリの効いた演出がにくいですね。
去年の花火大会は3万人の賑わいでした。
今年も混雑が予想されます。
少し早めに出て、
浜辺でいっぱいやりませんか?
野外ライブは夏の華です。
田辺市観光協会がくれた粋なプレゼント。
音楽と花火の夕べは、来週火曜日。
扇ヶ浜でお逢いしましょう!
居酒屋でビールを注文すると、
「アサヒですか?キリンですか?」
と訊かれることがある。
気の効いた店だと、
これに黒ラベルとモルツが加わる。
本当は何でもいいのだが、
一応もっともらしく、
アサヒとか、
キリンとか答えている自分がおかしい。
店側に言わせると、
ぼくのようにちゃらんぽらんな客は少なくて、
たいていの客は銘柄にこだわりを持っているという。
こだわらなければならないほど、
味にちがいはあるのだろうか?
「断然ちがう!」
と皆さんおっしゃる。
本当かどうか試したくなった。
ある団体でビールのブラインド・テストを企画したところ、
味にうるさい顔ぶれが(100人近く!)集まった。
全員鼻息が荒かった。
あまり簡単に当たってしまうとつまらないので、
4大メーカーのビールに発泡酒を加えて5品目。
それぞれ銘柄を当てることになったのだが、
結果は惨憺たるものだった。
全銘柄を当てた者はゼロ!
人間の味覚がいかに頼りないかを思い知らされた。
この話で盛り上がっていたら、
居酒屋の主人が割り込んできた。
「ビールのテストなら、100パーセント当たりますよ。」
と言うではないか。
そんなはずはない。
確かに香りがちがうし、
苦味も酸味もそれぞれちがう。
しかしそれは一瞬のことで、
何度も飲み比べている内に味の輪郭がぼやけてしまう。
テイスティングの難しさをぼくは身をもって体験しているのだ。
しかし主人もかたくなである。
「絶対に当たります!」
と言ってゆずらない。
秘訣はどこにあるのだろう?
主人がこっそり打ち明けた。
「国内のビールは、それぞれ色がちがうんです。」
これはいいことを聞いた、と思った。
4種類のビールをならべて、
かたっぱしから銘柄を当てていく自分の姿が見えた。
キャバクラで大いにもてるにちがいない。
居ても立ってもいられなくなってきた。
アサヒ、キリン、サントリー、サッポロ。
コンビニで4種類のビールを買ってグラスに注いだ。
横一列にならべてハタと困った。
色のちがいがわからない。
そうだ、
ぼくは色弱だったのだ!
黒と紺の区別がつかない目に、
琥珀色のちがいが見えるわけがない。
「ああ!」
とため息をついてその日はヤケ酒になった。
こうしてキャバクラでもてる夢は、
あえなく潰えてしまうのだった。
photo=ナギサビール(c.nagase)
毎年5月、
ツインメッセ静岡で開催される『静岡ホビーショー』
これに一度参加したかった。
プラモデルの見本市といってしまえばそれまでなのだが、
田宮模型のお膝元で開催されるこのイベントは、
ファンにとって聖地巡礼に等しく、
文字通り世界中から人が集まってくる。
とにかく展示物が楽しい。
新商品の紹介と完成見本の展示がブースの柱になるのだが、
何時間見ていても飽きることがない。
いつの間にかジオラマの中に吸い込まれ、
目の前を通り過ぎる戦車を見上げていたりする。
自分自身も35分の1に縮尺されてしまうわけだ。
不思議の国に迷い込んだようになる。
今から数年前、
矢も盾もたまらずこの見本市に参加したことがある。
さすがに周囲に知られるのは恥ずかしく、
仕事と偽ってこっそり出かけた。
東京から静岡まで「こだま」で往復、
駆け足の一日だったが、
充分満足のできる一日になった。
子供の頃から田宮模型のファンだった。
途中仕事が忙しく、
プラモデルどころではなくなったが、
その空白を埋めるように『タミヤニュース』のバックナンバーを全部取り寄せてみたりした。
毎月『タミヤニュース』が送られてくるとワクワクする。
このときめきは何物にも代えがたい。
ある日『タミヤニュース』をめくっていたら、
『静岡ホビーショー』の記事が掲載されていた。
見開きのページに当日の熱気が再現されている。
いい大人が夢中で展示物を覗きこんでいる。
ぼくと同世代みたいだ。
よくやるなあ。
きっと遠くから来たんだろうなあ。
同病相哀れもうとしてぼくはわが目を疑った。
写真の主は、ぼくだった!
サマースーツのその人は、
確かに不思議の国の住人に見えた。
photo=夕暮れのサーファー(c.nagase)
冷たい飲み物は喉によくないものらしい。
『ボーイズⅡメン』のドキュメンタリーを見て以来、
氷を浮かべた飲料はめったに口にしないのだが、
「ラムコーク」だけは別である。
初めて飲んだ場所はフィリピンのパグサンハン。
『地獄の黙示録』のロケ地になったところだ。
90年代の中頃、
ぼくは青年会議所の縁で三度フィリピンを訪ねることになった。
ピナトゥボ火山の復旧支援とか、
ストリートチルドレンのための宿舎の建設とか、
マングローブの植樹とか、
ボランティアの真似事をさせてもらった。
当時のルソン島は治安が悪く、
ぼくたちはホテルから一歩も外に出られなかった。
何しろマシンガンを構えた兵士が門番をしているのだ。
ホテルの部屋で缶ビールを飲んだり、
カップヌードルを食べたり、
娯楽らしい娯楽は何もない。
マニラ空港で両替した1万円が少しも減らないではないか。
ボランティアも終盤にさしかかった頃、
ぼくたちはホテルの脇に屋台の居酒屋があるのを見つけた。
毎夕近所の男たちで賑わっている。
何とも魅力的に見えた。
帰国前夜、ぼくたちはこの店の客になった。
番兵の目を盗んでホテルを抜け出し、
ここで飲んだ「ラムコーク」のおいしさと来たら!
ラム1、コーク2、これと同量のレモンジュース。
地元で採れたレモンがカウンターに転がっていた。
「かぼす」くらいの大きさしかなく、
形もいびつなレモンだが、
苦味と酸味のバランスが絶妙だった。
飲み干すたびに、
筋肉の疲労が洗い流されていくのがわかる。
「お前たちは何しに来たのか?」
と隣の客が話しかけてきた。
ぼくは昼間の活動を片言で説明した。
周囲の男たちがひざを乗り出し、
その場の空気がひとつになった。
今夜は飲もう!
ぼくたちは何度も乾杯をした。
大声で騒いでいる内に、だんだん喉が枯れてきた。
笑い疲れてみんなぐったりしている。
どうやらお開きの時間がきたらしい。
飲み代を払おうと立ち上がったら、
客のひとりがぼくを制した。
今夜は自分たちのおごりだという。
それは困る。
押し問答がはじまったが彼らは頑として譲らない。
居酒屋のおばさんも金を受け取ろうとしない。
「よし。わかった。」
とぼくは言った。
仲間と相談し、棚に並んでいるラムを一箱買い取ることにした。
ポケットにあるペソを全部出し、
ぼくたちはラムを一箱受け取った。
ずっしりと重い。
その場で後悔するほどの重さだったが、
まさか放り出すわけにもいかず、
ぼくたちはラムを日本に持ち帰ることにした。
パグサンハンから関空へ。
ラムは長い旅をし、
ぼくたちの腕はすっかりしびれてしまった。
今でも何かの拍子にパグサンハンで飲んだ「ラムコーク」の味を思い出すことがある。
同じレシピで注文しても、
同じ味にはならないのだ、これが。
小さくて形のいびつなレモンがなければ再現できない幻の味。
photo=迷い込んだチョウチョ(c.nagase)