2008年9月アーカイブ

雨の彷徨

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路地の三輪車「どうやらお休みですね。」
とS住職が結論を出した。
心眼を働かせたにちがいない。
よかった。廃業でなくて。
「何でこんな日に誘い出すねん・・・」
とU画伯が情けない声を出した。
途方に暮れる三人の頭に、
パラパラと雨が落ちてきた。
「ひゃー!」
ぼくたちはあわてて傘を差した。

 

「どうします?これから。」
ぼくは二人の顔色を見た。
「別の店、さがしますか?」
「『かんぽ』の前にあった、あの店どうや?」
「『千葉』ですか?」
おいしいと評判の店だが、いかんせん遠すぎる。
タクシーを呼ぶのもなんかちがう気がする。
ぼくは住職に下駄をあずけた。
「この近所にないですか?ビールが飲めればどこでもいいです。」
「あるにはあるけど・・・やってるかなあ・・・」
「とにかく、歩きませんか?」
とぼくは切り出した。
じっとしていたら気が滅入るばかりだ。
街中に入れば何とかなるだろう。
ぼくたちは雨の中を歩きはじめた。

 

浦安神社から路地を抜けて会津川へ。
石垣の堤防を左折してゆるゆると坂を上る。 
この界隈はS少年の縄張りだったにちがいない。
問わず語りに昔話を聞かせてくれた。
「この先に『万両』という店がありましてね、
あそこはおいしかったなあ。」
「まだやってますかね?」
住職はかぶりを振った。
「廃業して何年にもなります。」
がくり、とU画伯がうなだれた。
「『万両』から枝分かれしたのが『小万』、
両方とも田辺らしいお好み焼きでした。
あとは『ちんや』、
うす焼きの『植田』。
全部なくなりましたねぇ。」

 

行く先も決めず雨の中を歩いて楽しいのは、
恋に落ちたばかりの男女だけだろう。
中年男のやることではない。
目的地なりとも決めなければ、
気持ちがどんどん腫れぼったくなっていく。
「旧会津橋を渡ったところに何かなかったですか?」
住職の背中に声をかけると、
「ああ、ありました。『はしづめ』ですね?」
と笑顔が振り向いた。
「そうそう、そんな店。とにかくそこまで歩きましょう。」
とにかく、か。
我ながら無責任な思考法。

 

旧道を渡ると、町名が「古尾」に変わった。
後ろを振り向くと、
U画伯の足取りが重い。
市場に売られる子牛に見えた。

(つづく)

photo=路地の三輪車(c.nagase)

 

路地の白昼夢

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江川の町並み上空から見れば、
きっと屋根が折り重なって見えるにちがいない。
譲り合わなければすれちがえないほどの道の両側に民家が並んでいる。
どの家もひっそりと静まり返って人影がない。
ガラス戸に貼られているステッカーは、
今から四半世紀も前に活躍した政治家のものだった。
時間旅行者になったような気がする。

 

以前この場所を歩いたときのこと。
耳をふさぎたくなるような大音量で、
鳥羽一郎の演歌が路地に鳴り響いていた。
あまりにも大きな音だったので、
かえって音源が特定できなくなるのが不思議だった。
鳥羽一郎の声は路地にあふれ、
家を揺さぶり、
窓を震わせた。
あれは地霊に捧げる贈り物だったのだろうか。
まるで白昼夢のような光景だった。

 

「一つひとつが絵になるでしょう?」
とS住職が言った。
「今見ておかないと、ここもこの先どうなることやら。」
「だいぶ変わりましたか?」
「変わりましたね。古いものがなくなりました。」
U画伯は首を突き出し、
猛禽類が獲物を探すようにあたりを見回した。

 

表具屋、
たばこ屋、
クリーニング屋、
米屋、
床屋、
パーマ屋、
せまい一角に店舗が集中している。
この町から一歩も出なくても、
日用品のすべてが揃ったにちがいない。
今は看板を下ろしていても、
きれいにペンキを塗った民家の一軒一軒から、
その時代の余熱が伝わってくる。

 

だらだらと歩き回ったあと、
ぼくたちは目的のお好み焼き屋に向かった。
あれ?
浦安神社の裏、
路地の入口にあったはずのその店がない。
「この辺でしたよね?」
「ええ。この辺でした。」
訊ねる方も答える方も心もとない。
少し範囲を広げても見当たらない。
民家の土間を改造したその手の店は、
暖簾をはずしてしまえば周囲の家と区別がつかない。
「お休みでしょうか?」
「・・・」
S住職はじっと考え込んでいる。
まさか、廃業?
不吉な言葉を、
ぼくたちはぐっと飲み込んだ。
言葉にしたら、
不安が的中しそうな気がしたからだ。

(つづく)

photo=江川の町並み(c.nagase)

海辺の迷宮

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浦安神社.JPG方向転換をして、女の子は男三人を車に乗せた。
「ありがとう。もと来た方向へやってくれる?」
車はゆっくり動きはじめた。
「どこまで行きますか?」
と女の子が訊く。
「江川へ。江川の恵比寿神社。」
ぼくはS住職を振り向いた。
「ですよね?」
ああ、と住職はうなずいた。
「そう、あれは江川の、浦安神社ですね。」
しまった。またまちがえた。

 

「全然ちがうやないか!」
と後部席のU画伯が怒り出した。
「恵比寿神社てどこや?」
ごめん。あれは上屋敷、会津川の対岸でした。
「恵比寿様はもともと海の神様ですから、
そんなにまちがいではないですよ。」
住職がとりなしてくれたが、
画伯の腹の虫はおさまらない。
「最初聞いたら子安神社、
次に聞いたら恵比寿神社、
とどのつまりが浦安神社?
お前の話、バラバラやないか!」
まったくです。
テンションが上がると、
頭と口がばらばらに動くのです。

 

江川の漁港を抜け、
車は会津川のたもとに差しかかった。
「この辺で、降りませんか?」
と住職が車を止めた。
「うわ。木下のよっさんとこや。」
とU画伯。
「少し歩きましょう。」
とS住職。
ぼくたちはここで車を降りた。

 

「むかしは、ちょうどここまで海だったんです。」
住職は傘の先で路肩を示した。
感心するまもなく歩きはじめた住職の背中を、
画伯とぼくが追いかけた。
雨は小降りになっており、
傘を差すほどのことはない。

 

S住職と知り合った頃、
田辺の好きな風景を交互にあげたとき、
真っ先に出てきた場所がここ、
江川の路地だった。
碁盤の目に圧力をかけ、
褶曲させたような異空間。
外から来るものを拒むような濃密な空気が立ち込めている。
S住職を先頭に、
ぼくたちは迷宮に足を踏み込んだ。

(つづく)

photo=浦安神社(c.nagase)

会津川

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田辺大橋U画伯とぼくを乗せた車は元町を抜け、
会津川に沿って走りはじめた。
中学のとき、
転校生だったぼくはこの町の地名が不思議でならなかった。
会津、
高雄、
長野。
地名は紀伊半島の枠をはみ出して、
耳にするたび日本地図を思い出させた。
とくに会津の名前は白虎隊を連想させて違和感があった。
いつのまにか慣れてしまったが。

 

「このまままっすぐ、ですか?」
と女の子が訊いてきた。
「そう。まっすぐ。」
とぼくは答えた。
「高山寺の山門を越えて、左に登って。」

 

山門脇の急傾斜は、
ぼくたちに非日常の感覚をよみがえらせる。
目に入るのは空ばかり。
このまま宇宙に向かって発射されそうな気がする。
女の子は足が着くまでアクセルを踏み込む。
車はうなりを上げ、
トンネルを抜け、
右から来る車道と合流して庫裏(くり)へ。
鐘楼の手前で車を降りると、
住職がぼくたちを待っていた。

 

「こんにちは。」
とぼくは頭を下げた。
「お待たせしました。すいません。」
「いえいえ。わざわざ。ご苦労様です。」
住職はカットソーのインナーに、
サマーニットのカーディガンをはおっていた。
ぼくは空を見上げた。
「雨、になりましたねえ。」
「はい。雨もね、いいんですよ。かえって風情があるんです。」
住職の声がよく響く。
僧侶もまた声の仕事かも知れない。
ふとそんなことを考えた。

(つづく)

photo=会津川の河口に架かる田辺大橋(c.nagase)

 

雨天決行

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防波堤車のフロントガラスに雨が落ちてきた。
ポツリ、ポツリ。
水滴の間隔はせまくない。
どうか本降りになりませんように。
U画伯の不機嫌な顔が目に浮かんだ。
江川のあたりは道が入り組んでいるから、
よほど慣れた者でなければ最短距離を走るのは難しい。
ぎくしゃく折れ曲がりながら、
何とか漁港の前に出た。
よし。
あとは『シータイガー』まで一直線。
U画伯、もうちょっとです!

 

前方に目を凝らしていると、
歩道に男の影が見えた。
傘を差し、
ゆらゆらと漂うように歩いてくる。 
U画伯だった。
「停めて。あのおじさんを乗せるから。」
女の子は歩道に車を寄せた。
深呼吸をひとつ。
車を降りたぼくは、
つとめて陽気に振る舞った。
「いやーUさん。こんな雨ん中、何やってるんすか?」

 

U画伯がぼくの目をのぞきこんだ。
「いったいどうゆうことやねん?
いきなり電話かけてきて。わけのわからんとこへ連れ出して。」
「すいません。」
ぼくはひたすら謝った。
「何ですかね。つい名前をまちがえまして。
子安神社やなくて、恵比須神社やったんです。」
「そやろ!」
車に押し込まれながらU画伯が目を剥いた。
「タクシーの運ちゃん、首かしげとったで。
子安神社ゆうたら、ここだけですけどって。」
「そうですそうです。まちがいでした。」
「ちゃんとしてくれよ。」
U画伯が悲しい声を出した。
「俺を誰やと思てんねん。」

 

空気を変える必要があった。
このまま二人きりになるのはきびしい。
そうだ!
S住職を迎えに行こう。
「高山寺にやってくれる?」
走り出した車の助手席で、
ぼくは住職に電話をかけた。
「もしもし?Sさん?エビノキです。
ちょっと早いんですけど、これからそちらへ回っていいですか?
いえ。Uさんも一緒です。
よろしいですか?
はい。では後ほど。失礼します。」(つづく)

photo=漁港の防波堤(c.nagase)

夏の思い出

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高山寺夏が終わる前に一度お好み焼きを食べましょう、
と高山寺のS住職と約束していた。
いつにしますかねえ、
と電話で相談したが、
なかなか日程が合わない。
時計を見ると11時を過ぎたところ。
まだ昼には時間がある。
「これからどうですか?」
とためしに訊いてみた。
「いいですね。それは面白い。」
住職が同意し、いきなり話がまとまった。
昼過ぎに江川の浦安神社で待ち合わせることになった。

 

空を見上げると雲行きが怪しい。
さっきまで晴れていた空に黒い雲が立ち込めている。
嵐の好きな人物を思い出した。
"大坊の舘ひろし"ことU画伯である。
S住職とU画伯は大変仲がいい。
電話をかけてみた。
「昼飯でもどうですか?」
「いつ?」
「これから。」
「えらい急やな。」
「いいじゃないですか。ちょうど雨になりそうですし。」
「アホかお前は。」
いま絵が完成しかけていること。
一番仕事が楽しい瞬間であり、
昼間からビールを飲んでいる場合ではないこと。
さんざん文句を聞かされたあげく、
結局一緒に行くことになった。
「場所はどこや?」
「江川の子安神社です。」
思わず場所をまちがえてしまった。

 

手元の仕事を片付けるべく右往左往していると、
ケータイの着信音が鳴った。
U画伯からだった。
「どうしました?」
「もう着いてもた。」
「えらい早いですね。」
待ち合わせまで30分以上ある。
「神社の裏にお好み焼き屋があるんで、先にビールでも飲んでて下さい。」
「そんなもん、ないで。」
「神社の裏、ですよ。暖簾が出てませんか?」
「何にもないで。」
おかしいな。
「今どこですか?」
電話の向こうで、タクシーの運転手とやりとりしている。
「目良の子安神社、やな?」
目良?
それはおかしい。
「近くに何がありますか?」
「シータイガー。」
ぎゃっ。これはまずい。
ちがう場所にいる。
「わかりました。すぐに迎えに行きます。シータイガーで待ってて下さい。」
ぼくは青ざめた。
一刻も早く迎えに行かなければ。
U画伯の堪忍袋の緒は太くない。
事務所の女の子に頼んで車を出してもらった。(つづく)

 

photo=高山寺境内(c.nagase)

 


賢者の石

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ヒマワリ.JPG中学三年のとき、
「将来何になりたいか?」
と訊かれ、
思わず「僧侶です。」
と答えた理由は、
まちがいなく手塚治虫の『ブッダ』の影響だと思う。
担任は、何か珍しい生き物でも見るような目でぼくを見た。

 

その頃は、
自分がかくもゴーマンで、
ズボラで、
スケベな人間だと気づいていなかった。
少し努力すれば仏門をくぐれるものだと思っていた。
自分自身に対してまちがったイメージを抱いていたので、
その後とんでもない回り道をすることになるのだが、
それはまた別のお話。
理性的な思考回路を持たない少年は、
来る日も来る日も妄想の国をさまよっていた。
菩提樹の下でお釈迦様が見たものを、
いつか自分の目で見たいと願っていたのだから怖しい。

 

ぼくの父親は、
浮世ばなれした知識をたくさん持っている人だった。
もしや、と思い訊いてみた。
「『悟り』って、どうゆうこと?」
「『悟り』か。」
父は即座に答えをくれた。
「それはな、
『いつでも死ねる。どこでも死ねる。』
ということや。」

 

思いがけない答えだった。
ほとんど衝撃的だった。
あまりにもショックが大きかったので、
この年になってもはっきり覚えているのだと思う。

 

ぼくがほしかった答えは、
こんな答えではなかった。
悟りとは、
生きとし生けるものが互いにささえあい、
過去から未来に向かって進化をとげる壮大なビジョンであり、
時間と空間にまたがる曼荼羅のようなものであってほしかった。
父の答えは、
あまりに唐突であり、
あまりに具体的すぎた。
なかんずく、
「死」というものが判断の基軸にあることにおののいた。
中学生に理解のできる話ではない。
訊く方も訊く方だが、
答える方の容赦のなさがすさまじい。
こうしてぼくの仏門は、
手の届かない存在になってしまった。

 

この年になってみれば、
父の教えが理解できないわけではない。
自我に執着がなく、
感謝に満たされた心でなければ「死」を受け入れることなど到底かなわない。
未練もなく、
恐怖もなく、
穏やかにして澄み切った境地になれば、
それは「悟り」と呼ぶほかないだろう。
地位も名誉も、
この世のあらゆる成功も、
心の安定には遠く及ばない。
「死」を直視することで、
初めて見えてくる人生のリアリティがある。
この手ざわりを、
父は「悟り」と呼んだにちがいない。

 

「いつでも死ねる。どこでも死ねる。」
この言葉は父の独創ではないと思う。
父もまた自分を導きあぐねてのたうちまわり、
たまたま掴んだ小石を息子に手渡した。

 

この小石は賢者の石だった。
気がつくまでに、
途方もない時間がかかったけれども。

 

photo=ひまわり(c.nagase)


 

 

POP

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ガラス窓の向こうPOPの訳語は「店頭広告」というのだそうだ。
これはうまい訳だと思う。
たしかにPOPにつられて本を買ったり、
DVDを借りたりするのだが、
頼りになる反面、
的外れなPOPがないわけではない。
「こんなはずではなかった」
という体験が誰にでもあるのではないだろうか。

 

「泣ける映画がみたい」
という時期があった。
涙の需要は結構あるようで、
それらしいPOPの1本を手に取った。
「号泣します」
と書いてある。
借りて帰ってひっくり返った。
「号泣」
なんてものではなかった。
ラストシーンの衝撃がすさまじく、
見終わった後しばらく動けなくなった。
重苦しい感情が心に淀んで、
一日中気分が晴れなかった。
映画のタイトルは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
それ以来、
泣きたいときは「泣ける系」のPOPを避け、
「感動系」のPOPをさがすようになった。

 

先日も奇妙なPOPを見つけた。
「日本人なら誰でも知っている!」
とどでかい文字で書いてある。
このCD、誰だと思います?
答えはデイブ・ブルーベック・カルッテト!
アルバムは『TIME OUT』
たしかに『TAKE FIVE』など耳になじんだ曲かも知れないが、
「日本人なら誰でも知っている!」
はおかしいと思う。
演歌じゃないんだから。

 

ふつう八代亜紀の『舟歌』を思い浮かべるよね。

photo=ガラス窓の向こう(c.nagase)

 

潮風のメロディ

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潮風今年の夏は短かったような気がする。
このブログを書いているのは8月の終わりなのだが、
エアコンがいらないくらい涼しい。
湿度が抜けて軽くなった風がカーテンをふくらませる。
鈴虫が鳴いたり、鳴き止んだり。
子供の頃、
夏の終わりはちょうどこんな感じだった。
はしゃぎすぎたあとのけだるさ。
ゆるんだゼンマイを巻き上げるようにして、
ぼくたちは新学期を迎えたものだ。

 

中学・高校を通じて、
心に残る歌謡曲のほとんどは筒美京平の作品だった。
南沙織の『潮風のメロディ』
岡崎友紀の『私は忘れない』
太田裕美の『木綿のハンカチーフ』
どれも二度と戻らない時間を歌って哀切なのだが、
メロディはどこまでも軽快で弾んでいる。
言葉と音の落差が「モアレ」のように心に感傷のさざなみを立てる。
決定的な影響を受けたと思う。

 

日没の早さにとまどいながら、
急に南沙織が聞きたくなった。
『TSUTAYA』でさがしたのだが見つからない。
あきらめかけていたら、
ひょんなこともあるもので、
高速道路のSAにCDコーナーがあり、
南沙織のベストアルバムが置いてあった。
封を切るのももどかしく、
さっそく再生してみた。

 

「潮風に吹かれると
想いだす あなたのこと
口笛を真似しても
夏の日はかえらないの
もうひとこと言われたら
恋人でいたのに
ひとりで歩く道
はじめてくちづけした日を
あなたも忘れずにいるかしら」

 

才能が花開くとき、
シンガーの声は本当に豊かになる。
ストリングスやハープの音と声が共鳴し、
そこには存在しないはずの音(倍音)が陽炎のように立ち上る。

 

「夕暮れに手をあげて
呼んでみる あなたのこと
愛された長い髪
潮風が編んでゆくの
もうひとこと言われたら
恋人でいたのに
二人で数えた舟
目と目でかわしたささやき
あなたも忘れずにいるかしら」(作詞:有馬三恵子)

 

主人公が失ったものは決して小さくはないはずだが、
歌そのものは明るく、
幸福感に満ちている。
彼女は傷ついたかも知れないが、
それゆえ優しく、
成熟した女性になっていく予感がする。

 

個々のメロディやコード進行ではなく、
こういう世界観に影響を受けたことは幸運だった。
人間と自然をたたえるものでなければ、
新しい歌は生まれてくる必要がない、
といつしかぼくは考えるようになっていた。

 

たとえ悲しいことがあっても、
地上に生まれたことは素晴らしい。
筒美京平の作品には、
世界を肯定するエネルギーが満ちあふれている。

photo=夕暮れの湘南海岸(c.nagase)

 

クラッシュアイス

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せせらぎのカエデ食堂でもファミレスでも、
着席するなり氷の入った水が出てくる。
ファーストフードでソフトドリンクを注文すると、
必ずクラッシュアイスが入っている。
今は夏だからいいものの、
このノリは冬になっても変わらない。
とにかく、
どこに行っても氷が出てくる。

 

「ウォーミングアップ」という言葉があるように、
人間の体は温めると本来の力を発揮するようにできている。
熱に弱いのは脳だけで、
運動機能だけを見れば、
人間の体温はもう少し高い方がよいという説もある。
たとえばプロのシンガーは絶対に冷たいものを口にしない。
声が出なくなることを、
体で覚えているからだ。
シンガーでなくても、
むやみに内臓を冷やしていいわけがなさそうだ。
真冬でも水割りを飲む人がいるが、
彼らはたいてい腰痛を訴える。

 

ああそれなのに。
どこに行っても氷が出てくるではないか。
はびこっていると言ってもいい。
日本人の内臓を守るため、
微力ながらぼくはこれに抵抗している。

 

チェイサーなど、
水を注文するときは、
必ず「氷抜きで。」とひとこと添えるようにしている。
客の嗜好に注意深い店ならば、
それ以後は誰に対しても氷の有無を確認するようになるだろう。
腰痛持ちののんべえがひとりでも減れば、
これに越したことはない。

 

同じことを、
某ファーストフードでもやってみた。
ハンバーガーとジンジャーエールを注文し、
「氷抜きで。」と付け加えた。
「ジンジャーエール、氷抜きですね。」
頭のよさそうな店員がしっかり復唱してくれた。
「わかってるじゃない!」
思わず声を上げそうになった。
たとえファーストフードでも、
心ある人はいるものだ。
彼女ならきっと名のあるバーでもカウンターに入れるだろう。

 

待つ間もなく、
ハンバーガーとジンジャーエールが出てきた。
ハンバーガーは湿っていた。
ジンジャーエールは手に重く、
クラッシュアイスがジャラジャラと音を立てた。
店員は無垢の笑みを浮かべている。

 

やれやれ。
これは長い戦いになりそうだ。
ぼくは彼女に笑みを返した。

 

photo=せせらぎのカエデ(岐阜県養老町) c.nagase


 

名刺交換

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ヒョウタン思いがけず女の子がメルアドを教えてくれることになって、
平静を装っているものの、
内心舞い上がっていることがある。

 

一字一句まちがえてはならない。
メモ用紙をさがすことになる。
紙ナプキンだとか、
コースターだとか、
ろくでもないものしか見つからない。
そんなとき、
名刺の裏にメモしてもらうことがある。

 

この名刺は、いわば宝物である。
名刺入れの一番取り出しやすい場所に戻されることになる。
すぐにでも電話帳に登録をすればいいのに、
うっかりして忘れてしまうことがある、
こういうときに悲劇が起きる。

 

散々飲んだ翌日、
銀行の支店長と会うことになった。
新しいシャツに袖を通し、
ネクタイを締め、
さっきまで『四季報』を読んでいました、
みたいな顔をする。

二日酔いなどおくびにも出さず、
満面に笑みを浮かべて名刺交換をする。
このとき、
まちがえてメルアドを渡してしまった。

 

ない!
どこにもない!
支店長と別れ、
昨夜の名刺をさがそうとしてぼくは青ざめた。
手元にあるのはきれいな名刺ばかり。
メモは支店長の名刺入れの中だと気がついた。
ひゃー!
音を立てながら、
ぼくは闇の中へと落ちていく。

 

明らかに女性のメルアドが書かれた名刺を見て、
支店長はどう考えるだろう?
「コミュニケーション能力の高い人だ!」
とは思うまい。
リスクマネジメントのできない人物だと判断されたのではないだろうか。
詰めの甘さを見抜かれてしまったかも知れない。

 

支店長の心の声が聞こえてきそうだ。
ヒット曲が出て印税が転がり込んでも、
税金のことをまったく考えない馬鹿者だ、あれは。
毎晩いい気になって飲み歩き、
有り金を全部使い果たすにタイプだ。
年度末になってあわてて金を借りに来ても、
絶対に甘い顔をしないように、諸君。
このような評価を下されたのではないだろうか。
査定の最下位、
もしくはブラックリストに記載されたにちがいない。ああ。

 

色々と考えていると、
気が狂いそうになってくる。
苦労して手に入れたメルアドは、
時として凶器になるからご用心。

 

photo=おかしなヒョウタン(岐阜県養老町)c.nagase

 

ルームミラー

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窓.JPG和歌山に住んでいるかぎり、
車がなければ仕事にならない。
仕方なくハンドルを握っているものの、
車の運転にさほどの興味が持てない。
単なる移動手段の域を出ない。

 

海岸線を走りながらそんな話をしていたら、
運転席の美女が、
「私も。」
と言った。
へーえ、それは意外です。
彼女はルームミラーを指差した。
「この意味が、長いことわからんかったの。」
ドキッとした。
「化粧直す鏡とか、思った?」
「うん。」
と彼女はうなずいた。
「でも走りながらやと危ないし・・・」
彼女はほがらかに笑った。
「いらんサービスやと思ってた。」
だんだん怖くなったきた。
「バックミラーとか、あんまり見ぃひんの?」
彼女はあっけらかんと答えた。
「前だけ見て走るの。そのほうが運転に集中できるし。」

 

いやあ、上には上があるものだ。
と思っていたら、
もっとすごい人がいた。
「その子はまだマシですよ。」
と友人が言う。
「ぼくなんか、ウインカーの意味わからんかったですもん。」
「ウインカーの意味って・・・」
「こんなんチカチカさせて、かっこつけてるだけやと思ってました。」
方向指示、という概念が彼にはまったくなかったらしい。
めまいがしてきた。

 

同じルールで走っているつもりだったが、
運転手の数だけ異なる世界があるのかも知れない。
非常識な車を見ても、
これからは腹を立てまいと思う。
ロードサイドの店で、
迷惑駐車の車が目立つ。
白線からはみ出した車をしょっちゅう見かけるのだが、
運転手は気が付いていないのかも知れない。
「この白線は何のためにあるのだろう?」

 

車寄せのガイドぐらいに思っているのだろうか。
そうでなければ、
あのみっともなさの説明はつかないような気がする。

photo=ガラス窓に映った町並み(愛知県常滑市) c.nagase

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