2008年10月アーカイブ
自分の部屋でワインを飲むとして、
ブルーチーズとバゲットがあればいうことがないのですが、
なかなかそうもいかないときがあります。
こんなときぼくは味の素の「海老グラタン」をチンします。
これが意外においしいのです。
ワインに対して一歩も引けを取らず、
小さなディナーを盛り上げてくれたりします。
どこにでも手に入る食材で、
おいしいレシピを持っておくことは大切ですね。
日本酒を飲む場合、
ぼくにとって最高の肴は『じゅぼじゅぼ納豆』
パック入りの納豆と、
瓶詰めのなめたけと、
大根おろしをかきまぜるだけ。
じゅぼじゅぼ泡が出て、
作っていても楽しくなります。
これが日本酒に合うのですね。
銀盤のような月を見上げ、
『黒牛』をグビリ。
「白玉の歯にしみとほる秋の夜の
酒はしづかに飲むべかりけれ」(若山牧水)
という心境になること必定です。
「もう冷蔵庫に何もない!」
こんなときにどうするか?
これが案外重要です。
ここで投げ出したら、
いつまでたってもいい酒飲みにはなれません。
ぼくの場合「枯れ節の厚削り」、
すなわちかつお節を常備しています。
ぎしぎしと噛みごたえのある枯れ節に「こんぶしょうゆ」をひとまわしかけると、
これだけで充分立派な日本酒のアテになります。
かつお節にしてもしょうゆにしても、
発祥の地はご存知のように和歌山県。
私たちのご先祖は、
日本の味覚の原点を生み出しました。
先人の功績をしのびながら傾ける日本酒は、
実に味わい深いものがあるのです。
photo=ミニトマト(c.nagase)
タナベスポーツプラザに通いはじめてから、
早くも5ヶ月が過ぎようとしている。
当初の計画では、
夏が終わる頃には全身に筋肉の鎧を着せたようになるはずだった。
腹筋が割れ、
胸板が厚く盛りあがり、
エモンカケのように両肩をいからせて歩く予定だった。
松の古木のような腕。
さざえのような拳。
イメージの中の自分がどんどん遠のいていく。
どういうことだ?
あいかわらず肌は生白いし、
下腹に脂肪がついている。
体重も変化がない。
オレの5ヵ月はどこへ行ったのだ?
それでもせっせとジムに通う自分がいとしい。
受付の女の子はかわいいし、
アニメーターは親切だ。
自分なりの楽しみを見つけ、
どうにかこうにかトレーニングを続けていると、
顔見知りにばったり出くわし、
お互いにびっくりすることがある。
そういう年回りといってしまえばそれまでだが、
ひいこら汗を流す顔ぶれの中には、
小学校の同級生がいる。
中学校の同級生もいる。
しぼみかけた風船のような肉体は自分の鏡でもあるのだから、
お互いに思いやりの心が芽生え、
照れくさいようなうれしいような不思議な気分。
男同士には武士の情けというものがある。
これが女子にはまったく通じないらしく、
どうして彼女らは思ったことをそのまま口に出すことができるのだろうか。
子供をスイミングスクールに連れてきたシゲミさんは、
ぼくの顔を見るなり「あらま!」と言った。
「こんなとこで何やってんの?」
あのね、シゲミさん。
仮にもトレーニングウェアを着て、
下足番ってことはないでしょうが。
もっとストレートな人もいる。
トレーニングの帰りに駐車場でテイコに会った。
彼女は旦那を迎えに来たという。
こちらは体を痛めつけ、
シャワーを浴びたばかりで全身から湯気が立っている。
本人の尺度でいえば、
目いっぱいさわやかな状態だ。
「よお。」
とぼくは片手を上げた。
テイコの視線がぼくを値踏みする。
頭のてっぺんからつま先まで見回して、
悪びれもせずこう言った。
「これほど似合わん人もおらんな。」
これほど「似合わない」人も「いない」。
中学のときに習った文法の規則にならっていえば、
これは二重否定ではないだろうか。
すなわち「とてもお似合いです。」という意味。
とてもそうは聞こえなかった。
彼女はあきれたような顔をしたのだ。
まったく同級生とはありがたい。
いくつになっても遠慮や会釈というものがない。
否応なくありのままの自分に向き合わされる。
こうなったら、
意地でもジム通いを続けなければならないだろう。
「これほど似合わん人もおらんな。」
誰が言ってくれようか。
ありがとう、テイコ。
photo=ギャラリー(c.nagase)
北京オリンピックの女子重量挙げを見ていたら、
解説者が「この選手は乳首が弱い」と言ったのでびっくりした、
とホサカから電話があった。
立派な文学賞を取りながら、
あの人もずいぶん馬鹿ですねぇ。
よく聞いてみると「足首が弱い」のまちがいで安心したとのこと。
そりゃあそうですよ。
いくらベテランの解説者でも、
選手の乳首の情報までは持っていないでしょうから。
「この選手は耳たぶが弱くてね、うふふふふ。」
どこから見ても変質者です。
先日大河ドラマの『篤姫』を観ていたら、
堀北真希がものすごいことを言っていましたね。
戦場から帰還した夫(松田翔太)に対して、
「あなたのお香をたきとうございます。」
これはもしかしたら未亡人になりたい、
ということでしょうか。
さすがに松田翔太も閉口していましたね。
ぼくなら怒り出すところです。
と思っていたら、
案外二人はいいムードでラブシーンへ。
やっぱり将軍になるような人は人物のできがちがうと感心していたら、
これは「あなたのお子を抱きとうございます。」のまちがいだったそうです。
ああよかった。
いくら松田翔太が立派な人物でも、
「あなたのお香をたきたい。」
と言われてうれしいわけがないですよねぇ。
photo=羽根を残したチョウ(c.nagase)
花火大会のレポートを書いていて気がつきました。
「ほんまかい通信」がはじまって、
何と一年が過ぎるのですね。
いやあこれはすごい。
書いた自分もすごいが、
読んでくれた人はもっとすごい。
辛抱は人を成長させるといいますから、
皆さんひとかどの人物になられたのではないでしょうか。
一年前は足場だった東陽中学校が全貌をあらわしました。
旧校舎の雰囲気を残したデザインに拍手。
遠くから見るかぎりですが、
下駄箱も、
中庭も、
渡り廊下も、
自転車置場も、
うまく次の世代に引き継がれていくような気がします。
誰が設計をしたのか知りませんが、
旧校舎で青春を過された先輩方に対する配慮が感じられて、
何だかうれしい気持ちになります。
卒業生にお披露目をしたら、
みんな感激するのではないかしら。
一年という時間は意外に長いものです。
去年の今頃を思い出そうとすると、
望遠鏡をさかさまにのぞくみたいに、
頭がくらくらしそうです。
何せ初めの頃は、
コメントを書いてもらっても、
それに返事を書く方法も知らなかったのですから。
ナミナミさん、
あのときは本当に失礼しました。
それがあなた、
今では立派にメールを使いこなすようになったのですから。
インターネットで買い物ができるようになったのですから。
ついにデジタルカメラを買ったのですから!
四足歩行から直立歩行に変わったような感慨があります。
微々たる歩みではありますが、
これからも「ほんまかい通信」に全力で取り組んで参る所存です。
倍旧のご愛顧を賜りますよう、
心からお願い申し上げます。(ビジネスレターか!)
photo=田辺湾の夕景(c.nagase)
十月の花火もすっかり恒例行事になったみたいだ。
弁慶祭りのフィナーレを飾る花火大会が、
今年も盛大にとりおこなわれた。
何しろ空気が澄んでいる。
透明のガラス板に絵を描くようなもので、
花火の発色のよさがちがう。
開いた花火が消えないうちに、
次の花火がまた打ち上げられる。
田辺の花火は打ち上げ時間が短い。
30分間に3000発の花火を打ち上げるので、
1分間に100発、
何と1秒間に1.6発の計算になる。
菊と牡丹のすきまを金色のアザミが埋めていく。
これは景気がいいですよ。
パタタタン、
パタタタン、
パラパラパラパラ・・・
大小の花火がからみあい、
複雑なリズムをつくりだす。
ひと昔前の山下洋輔トリオの演奏みたいだ。
しばらくするとリズムが変わる。
トントンパラパラ、
トントンパッパラ・・・
これは祭囃子ですね。
太陽系サイズの巨人が力任せに天蓋を打ち鳴らす。
否応なしに興奮させられる。
今年の目玉は何といってもニ尺玉。
県内で初の試みだという。
予算は市民の募金でまかなわれた。
直径480mの大輪の花。
観客もろとも飲み込まれてしまうのではないか。
場内アナウンスがクライマックスを告げると会場からざわめきが消えた。
カウントダウン。
よん、さん、にい、
と観客の声が重なる。
いち。
ひと呼吸おいて「シュボッ!」と発火音。
シュルシュルと昇り竜が天空をめざして駆けのぼる。
金色の光跡が消えて沈黙。
思いがけない空の高さでニ尺玉が炸裂した。
見上げる観客一人ひとりの顔を照らし出すほどの明るさになった。
みな両手で耳をふさいでいる。
人差し指で固く栓をする者もいる。
衝撃波から身を守り、
ぼくたちは夜空のスクリーンに巨大な惑星の誕生と消滅を見た。
核と地殻。
燃え上がる炎がふたつの球体を描き出し、
火柱は四散し、
ぼくたちの頭上にゆっくり落ちてくる。
無数の流星が降り注ぐように見える。
「玉屋―っ!」
「鍵屋―っ!」
どこからともなく小さな女の子の声が聞こえた。
「バナナーっ!」
火柱は海面に突き刺さり、
炎の惑星は虚空に消えた。
吐息をしぼり出すように、
観客席からどよめき生まれた。
誰かが夜空に向かって手を叩き、
次第にその輪が広がった。
拍手は力強く、
温かな思いが伝わってくる。
この会を主催してくれた人のために。
浄財を寄付してくれた人のために。
徳島から来た花火師のために。
今夜のお天気に。
明朝この会場を清掃してくれるボランティアの人々のために。
ありがとう!
感謝の気持ちがぼくたちをひとつにした。
ほんの一瞬、
けれどもたしかに輝いた。
photo=田辺市扇ヶ浜に打ち上がる花火(c.nagase)
ビールを空にしたぼくたちは、
あらためて自分の腹が減っていることに気づいた。
「何か注文しませんか?」
三人は首をめぐらせて、
壁に貼られたメニューを読んだ。
短冊にマジックの太い文字。
その中に奇妙な一枚があった。
『スパゲッチーナポリヤン』
いまどき『スパゲッチー』もおかしいが、
『ナポリヤン』はもっとおかしい。
ぼくは短冊を指差した。
「スパゲッチーナポリヤン!」
「あはは。」
と住職が笑い声を立てた。
「面白いですね。何が出てくるんでしょう?」
「ナポリタンやろ?」とU画伯。
「はい。でもナポリヤン。」
書き損じではなさそうだった。
反対側の壁面にも、
同じく『スパゲッチーナポリヤン』の文字。
確信に満ちてゆるぎない。
「これは注文するしかないでしょう?」
と住職の目が輝いた。
「そうですね。何が出てくるか楽しみです。」
ぼくは厨房に声をかけた。
「スパゲッチーナポリヤン!」
目の前に置かれた皿は、
予想通り単なるナポリタンだった。
ケチャップソースをまとったスパゲティがこんもりと盛り上がっている。
小皿にとりわけ、
ビールのあてにつまみはじめた。
甘酸っぱいケチャップの風味が懐かしく、
するすると胃に収まっていく。
「うまいですね。」
「おいしい。」
「うん、うまい。」
味もさることながら、
ナポリタンの魅力は色にある。
幼い頃百貨店の食堂で食べたナポリタンは、
祝日をあらわす日の丸と二重写しになる。
ケチャップの赤は、
尾頭つきの鯛や赤飯と同じ祝祭の色だ。
お好み焼きを探し求めて、
雨の中をほっつき歩いた今日という日も、
いつか何かの記念日になるかも知れない。
たとえば来年の夏、
U画伯の描く田辺の連作が完成したとき、
ぼくたちはまたこの店でビールを飲んでいるような気がする。
絵葉書になった作品をテーブルに広げ、
あれこれ勝手な意見を戦わせているような気がする。
『スパゲッチーナポリヤン』を仲良く三つにとりわけて。
(おわり)
photo=あるイタリア料理店のディスプレイ(c.nagase)
人間万事塞翁が馬、という。
禍福はあざなえる縄の如し、ともいう。
お好み焼き屋を探して雨の中をうろついたぼくたちは、
江川、
古尾、
本町、
福路町、
片町と、
もっとも田辺らしい場所を歩くことになった。
背中を丸め、
不機嫌に黙りこんでいた画伯の目は、
町並みにひそむ古きよき田辺の痕跡をじっと観察していたのだろう。
張りめぐらされた電線が空をさえぎり、
アスファルトが大地の呼吸をふさいでも、
そこに美が存在しないわけではない。
画伯は即物的な風景の中に、
まだ見ぬ美の可能性を探り当てていく。
そのまなざしは非破壊検査装置のようだ。
何が画伯の心を動かしたのかはわからないが、
さっき歩いた迷宮の中に、
画伯を触発する何かがかくれていたことはたしかだ。
S住職が場所を選び、
U画伯がそれを作品にする。
田辺の町並みを描くその連作は、
この地域の宝物になるのではないだろうか。
雨の中の彷徨は、
ぼくたちを思いがけない扉に導いた。
その扉を開けるのはU画伯だ。
これから生まれてくる作品のために、
ぼくたちはグラスを高く差し上げた。
「乾杯!」
(つづく)
photo=屋敷町(c.nagase)
「もうすぐ『新熊野風景街道』のポジが終わるから、
この秋から新作に差し替えたらどうやろ?」
すごい話になってきた。
「月1枚のペースですが、大丈夫ですか?」
「何とかする。枚数がまとまったらどっかで発表してもええし。」
「ぜひ市内でやりましょう。
Uさんの描いた田辺を、地元の人にこそ見てもらいたい。」
来年の田辺夏祭りまでに発表できたらどんなに素晴らしいだろう。
「そやけど。」
U画伯は声を落とした。
「ぼくは田辺をあんまり知らんからな。
誰か案内してくれる人がおるかな。」
「先達さん?」
「そう、先達さん。」
「ああ、それなら。」
と横からS住職が話しに加わった。
「私が案内しましょう。」
ぼくたちは顔を見合わせた。
信じられない提案だった。
出演交渉をためらっていた大物俳優が、
向こうからオーディションに来てくれたようなものだった。
「そんなこと、お願いしてもいいのでしょうか?」
「いいですとも。」
と住職はうなずいた。
「私もね、田辺の風景を残しておきたいんです。今のうちに。」
(つづく)
photo=小さな紅葉(c.nagase)
くり返しになるが、
闇の中に浮かび上がったお笠の行列は、
江戸時代の人々が見た風景と本質的に同じものである。
ぼくたちは光の反射が作り出す情景の美しさとともに、
歴史の連続性に突き動かされて思わず感嘆の声を上げた。
「曳きそろえ」の価値は、
大きな時間の尺度を観客に与えることにある、
とぼくは主張した。
「それは見とかんと、あかんな。」
とU画伯がうなずいた。
瞬間、U画伯が描く「曳きそろえ」の画像が頭の中に広がった。
強い光が上屋からにじみ出て、
お笠の輪郭があいまいになる。
シャッタースピードの遅い写真のように、
人々の動きがぶれている。
発光する笠鉾。
光を受け止める水面。
どちらが主体か判然としない。
平山郁夫が描く厳島神社の回廊のような幻想的な作品が生まれるのではないだろうか。
「ぼくはこれから、田辺の絵を描きますよ。」
とU画伯が言った。
思いがけない言葉だった。
「マジですか?」
3年先まで個展の日程にしばられている画伯のことだ。
そんな時間が取れるのだろうか。
「本画は無理やけど、スケッチだったら何とかなると思う。」
「それで充分です。」
いつのまにか敬語になっていた。
酒席が商談の場に変わったみたいでおかしい。
ぼくはU画伯に頭を下げた。
「ぜひお願いします。」
(つづく)
photo=田辺市街地を望む(c.nagase)
田辺らしさとは、
お笠の似合う町並みのことではないだろうか。
この夏初めて「曳きそろえ」を見て以来、
ぼくはそんな風に考えるようになった。
「曳きそろえは絶対見るべきです。
来年の夏はぜひ!」
ビールをぐいと飲み干して、
ぼくは熱弁をふるっていた。
目の前にS住職とU画伯がいる。
テーブルの上には、
焼きギョーザ、
鳥のからあげ、
瓶ビール。
ぼくたちは旧会津橋を渡り、
お笠のコースを逆行しながら、
やっとの思いで『やよい食堂』にたどり着いたのだった。
企みを見透かされるかのように、
何をやってもうまくいかない一日がある。
悪い予感はしていたものの、
『はしづめ』はやっぱりお休みだった。
『宮満寿司』も、
『かっちゃん』も、
『万よし』も、
一軒残らずお休みだった。
9月とはいえ残暑は厳しく、
ミストサウナの中を歩き回っているような気がした。
空模様よりもぐずつくU画伯をなだめたりすかしたり、
会津川方向に取って返した鼻先に『やよい食堂』の看板があった。
「ここはいいです。これは大丈夫。」
S住職が請け負って、
ぼくたちはガラガラと引き戸を開けた。
とにかく、ビール!
『千と千尋の神隠し』に出てくるカオナシみたいな勢いで、
ぼくたちはテーブルにへばりついた。
瓶ビールが2本空になり、
3本目を仲良く注ぎ分ける頃、
ようやくぼくたちは人間にもどった。
ギョーザをひときれつまみながら、
ぼくはこの夏に見た「曳きそろえ」の情景を、
微に入り細をうがち、
二人の眼前に描き出そうと努力していた。
(つづく)
弁慶ゆかりの闘けい神社(c.nagase)
「曳きそろえ」は祭りの初日の最後を飾る、
カーテンコールの役割を果たしていると思う。
勢揃いした役者の顔を見て、
観客は納得して帰路につくことができる。
この演出がなければ、
アルコールの入ったぼくたちはお開きのタイミングをうまくつかめず、
いつまでもだらだらと飲み続けることになるのではないか。
先囃子の子供たちはここで裃を脱ぎ、
浴衣に着替え、
お笠の上屋に乗せられる。
祭りに参加したものにだけ与えられる特等席。
子供たちは神様の使いのように見える。
「戻り囃子」に合わせて、
コーライ、
コーライ、
とかけ声を掛け、
お笠はここから枝分かれをしてそれぞれの町内に帰っていくことになる。
旧会津橋のたもとにあるあの奇妙な広場は、
方向転換するお笠のために作られたスペースだった。
会津橋を渡ったお笠はここで回転し、
街道に出て左右に分かれる。
熱心な観客はこれを最後まで見届ける。
コーライ、
コーライ、
のかけ声を聞くと、
自分がお笠に乗せられたときのことを思い出し、
いくつになってもたまらない気持ちになる、
と話してくれた同級生がいる。
祭りを維持する労力は並大抵ではないと思うが、
いつまでも消えない思い出を与えられた子供は幸福だ。
コーライ、
コーライ。
今夜お笠に乗せられた子供たちも、
いつか同じ感慨にふける日がくるにちがいない。
同じ思いをバトンのように手渡しながら、
田辺祭りは400年間受け継がれてきた。
今から400年後。
この夏と同じ穏やかな夏に恵まれますように。
遠い未来のことを考え、
柄にもなく神妙になる自分がおかしかった。
(つづく)
photo=休息(c.nagase)
先頭の笠鉾が、
旧会津橋を渡りきったあたりで立ち止まり、
田辺祭りのハイライト、
「曳きそろえ」の場面になった。
田辺の風物詩といえば、
すぐさま念頭に浮かぶほど絵になる「曳きそろえ」だが、
もともと観客のためのデモンストレーションではなかったという。
うだるような暑さの中、
お笠を引き回した曳き手は疲れきっている。
曳き手を休ませ、
伸びきった行列を整えるために選ばれたのが旧会津橋だった。
ここで喉を潤し、
行列は息を吹き返す。
祭りの当事者が素にもどる瞬間でもあり、
それを観客に見せるのはいかがなものか、
という声もある。
わからなくもない。
鈴なりの観客に見守られて、
一杯やるのは気が引けるだろう。
当事者にとってはオフ・ステージかも知れないが、
観客席から見ればこれほど見事な演出はない。
橋の上にお笠が集結するさまは、
歌舞伎役者のお披露目を見るようだ。
各地区8台の笠鉾と衣笠が勢揃いした瞬間、
水銀灯の明かりがいっせいに消えた。
おおっ、
と観客席からどよめきの声が上がった。
闇を背景にお笠の明かりがあざやかに浮かび上がり、
暗い水面に幻の行列を映し出した。
(つづく)
祭囃子には催眠効果があるのだろうか。
その光景を思い出そうとするたび、
頭の芯がぼうっとかすんで、
夢の中に立っているような気分になる。
一番前を歩いてくるのは、
先囃子と呼ばれる子供たち。
小さな裃を着せられ、
花笠をかぶっている。
前列が太鼓、
後列が笛、
トントントテトン、
ヒャーヒャヒャヒャ、
トントントテトン、
ヒャーヒャヒャヒャ、
両親や警固の大人に守られて得意げだ。
続いて法被姿の曳き手に引かれて、
お笠(笠鉾)が旧会津橋にさしかかる。
煌々と明かりをともし、
祭囃子を演奏しながら近づくお笠は、
二階建ての一軒家のように見える。
堤防の斜面を引き登るのは、
相当な重労働にちがいない。
体を前に倒し、
まくり上げた袖から伸びた腕の筋肉が固く盛り上がる。
祭りの夜は、
町内の青年が男っぷりのよさを競う舞台かも知れない。
それぞれ趣向を凝らしたお笠が目の前を通り過ぎていく。
上屋の飾り物が町ごとにちがうように、
笠鉾ごとにお囃子の演奏曲目がちがうことに気がついた。
太鼓・小太鼓・横笛・鉦の編成もあれば、
太鼓・小太鼓・横笛・三味線の編成もある。
これは意外だった。
祇園囃子のような共通のテーマがあるものとばかり思っていた。
枠に収まることを嫌う田辺人の気質は、
祭囃子にまで反映するものらしい。
お互いの個性を主張するように、
町ごとに受け継がれてきた謡曲や地唄を演奏している。
そのことを誰も不思議と思わないあたり、
田辺は面白いとつくづく思う。
(つづく)
旧会津橋のたもとには、
竜泉寺、
浄恩寺、
西方寺の三つの寺があり、
橋との間に奇妙な広場がある。
長い間この意味がわからなかったのだが、
今年の夏、
田辺祭りを見て、
ようやくこの役割を理解することができた。
田辺祭りの見所はたくさんあるが、
お笠(笠鉾)の引きそろえを数えない人はいないと思う。
その幻想的な美しさを教えられ、
一度目にしたいと願っていた。
運よく仕事と重ならず、
お天気にも恵まれ、
生まれて初めて「引きそろえ」を見ることができた。
夏の夜もどっぷりと暮れ、
祭りは最高潮を迎えようとしていた。
会津川の堤防は人でにぎわい、
コンクリートの階段が上から順に埋まっていく。
待つ間の楽しさ、
というものがある。
ぼくは堤防の上を行ったり来たりしながら、
納得のいくビューポイントを探していた。
そうこうする内に、
お笠が近づいて来たのだろう、
ドミノが倒れるように祭りのエネルギーが伝わって来た。
行列の先頭が今まさに旧会津橋を渡ろうとしていた。
我ながらおっちょこちょいなのだが、
こういうとき最前列で見なければ気が収まらない、
ということはありませんか?
他の人は自分の持ち場を動かないのに、
ぼくだけが橋に近づいていく。
人垣の隙間に割り込むうちに、
気が付いたら路上に身を乗り出していた。
太鼓、鐘、笛、かけ声。
本町通から祭囃子が近づいて来た。
(つづく)
photo=旧会津橋でのお笠の引きそろえ(c.nagase)