2008年11月アーカイブ

プロトコルオーダー

|

日本大使館.JPGアンカラの日本大使公邸で庄野真代さん一行と合流し、
いよいよ昼食会がはじまりました。
故国を離れて出会う仲間の懐かしさ。
それは格別のものがあります。

 

この日一堂に会した顔ぶれは、
庄野真代さんを代表とする『国境なき楽団』のメンバー14名、
及川眠子さんと夫のエロル、
和歌山県議団5名、
串本町議団2名、
土橋進ディレクターとぼく。
作曲家兼添乗員のぼくを除けば錚々たるものです。
この一行を、
田中信明大使をはじめ大使館の皆さんが、
手厚くもてなして下さいました。

 

昼食会を開くにあたって、
「プロトコルオーダー(公式国際儀礼順序)を出してほしい」
と外務省経由で指示が来たときには、
本当にうろたえました。
田中大使を中心に、
誰がどのテーブルにつくか順番を決めよ、
というわけですが、
これがまことに難しい。
主催者と出演者と来賓の誰を上位に持ってきても、
なんとなくギクシャクするのです。
関係者に意見を聞いても立場によって見解が分かれ、
どうすればよいか答えが見えてきません。
あとで叱られるのを覚悟で席次表を出したものの、
内心ひやひやしていたのです。

 

「本日はブッフェスタイルでおくつろぎ下さい」
と田中大使が配慮して下さり、
一行は奥の間へ。
ほっと胸をなでおろしました。
大テーブルに盛られた和食の数々に、
参加者の間から歓声が上がりました。
とくに日本を離れて一週間になる庄野さん一行の喜びようは相当なものでした。
お刺身、天ぷら、煮物、焼物、寿司、茶そば。
一つひとつが光り輝いて見えるのですね。
いやあ和食は美しい。
旅程二日目のぼくたちでさえ、
取り皿を手に、
料理のそばから離れようとしないのですから。

 

テーブル席でなくてよかった。
堅苦しくなくてよかった。
何より料理が近くてよかった。
笑い声の絶えないレセプションパーティーでした。

 

日本大使館の皆さん、
本当にありがとうございました!

photo=土橋進

 


 

旅するフォアグラ

|

機内食.JPG翌日二日目は、
イスタンブールからアンカラへの移動です。
距離にして458km、
空路1時間の旅程です。
この日はアンカラの日本大使館でレセプションパーティーの予定。
時間は午後1時から。
午前11時の便に乗れば充分間に合うのですね。

 

ホテルからアタチュルク空港まで、
バスの中で和歌山放送の土橋進ディレクターが実況中継をしていました。
携帯電話で電波を送れるのだとか。
日本とトルコの時差は6時間ですから、
夕方のニュースに届けるのでしょうか。
車窓に映る風景を克明にレポートしていました。

 

日本人ばかり一団となってチェックインしたのに、
なぜか席はばらばらという以外、
飛行機の旅は快適でした。

 

どうやらトルコの人たちは、
チケットの番号に関係なく、
自分の好きな席に座るようです。
知り合いに会ったとか、
手荷物を入れやすいとか、
わかりやすい理由で席が埋まっていきます。
早い者勝ちの様相を呈するのですが、
トルコにいると、
これが自然なことに思えてくるから不思議です。

 

わずか1時間の距離なのに、
機内食が出たのは驚きでした。
トルコのホテルは朝食のメニューが豊かで、
お腹いっぱい食べていたぼくたちの前に、
どさりどさりとサンドイッチが配られていきます。
かじってみると、
これが意外においしいのです。
苦しいとか何とか文句をいいながら、
皆さんきれいに平らげていましたね。

 

フォアグラにされるガチョウの気持ちが、
何となく理解できました。

photo=土橋進

湯川和幸ライブ.jpgトルコ紀行の真っ最中なのですが、
すみません業務連絡をさせて下さい。
FMビーチステーションの人気番組、
「クラシックガーデン放送500回記念コンサート」に、
湯川和幸君が出演します。

 

日時・・・・平成20年11月30日(日)
      午後2時~
      午後5時~の2回公演(別プログラム)
場所・・・・Cタス3F(田辺市)
料金・・・・1500円(予約)
      2000円(当日)
予約は25日まで。(日がなくてスミマセン)
申込・・・・0739-82-2222(FAX)
      
sarsy@fm764.com(e-mail)
         クラシックガーデン放送50回記念コンサート」 係

 

人気曲の『おめでとう』は昼の部で、
『ココア』は夕の部で演奏する予定だそうです。
湯川君の出演時間は、
昼の部で午後2時20分頃、
夕の部で午後6時頃。
当日が楽しみですね。

 

実は今年3月から、
湯川君とアルバムの制作をやっています。
早いもので8ヶ月が経過しました。
1曲1曲に、
これほど時間と労力をかたむけるのは初めてのこと。
湯川君もぼくも、
今もてるもののすべてを投入しています。
高校2年の夏休み、
みたいな勢いです。

 

タイトルは『Last  Love 』
価格は2000円(全5曲)を予定しています。
湯川君の声が素晴らしくて、
ぜひ大勢の人に聴いてもらいたいと願っています。
来年の3月には発売できそうです。
どうかご期待下さい!

 

photo=辻 桂

アヤソフィア大聖堂2

|

大聖堂4.JPGケマル・パシャとか、
ムスタファ・アタチュルクとか、
トルコの近代史をひもとくと必ず出てくる名前があります。
このふたりが同一人物だったことを、
今回はじめて知りました。
「ムスタファ・ケマル・アタチュルク」
トルコ革命の指導者であり、
トルコ共和国の初代大統領。
要するにオスマン帝国をひっくり返して近代トルコを作り上げた建国の父です。
いくつも名前があるのは、
社会的地位が上がるたびに新しい称号が与えられたから。
木下籐吉郎と豊臣秀吉みたいなものですね。

 

このアタチュルクの手によって、
アヤソフィアは博物館として国民に解放されました。
おそろしく豪華な博物館です。
ぼくたちが訪れた日、
2階の広間で写真展の準備が進んでいました。
白黒写真のパネルがイーゼルに並べられて、

だんだん会場が出来上がっていく。
通行人のいる前で設営をするのが面白く、
しばらくなりゆきを見ていました。
客の前で着替えをする舞台のようです。

 

大聖堂5.JPG回廊を歩き回っていると、
テーブルに花が飾られて、
ブッフェスタイルのパーティーがはじまる気配。
写真展と同じく、
通行人など存在しないかのよう。
グラスを並べたり、
音響機器のをチェックしたり、
若いギャルソンが忙しそうです。

 

アヤソフィアの内部は吹き抜けになっており、
武道館にたとえると、
アリーナを見下ろす2階席に広い回廊が設けられ、
そのあちこちに展示スペースがある感じ。

 

2階と簡単に書いたけれど、
その高さは途方もないもので、
アリーナを見下ろすと足がすくみます。

 

巨大な手すりにそって桟敷席が設けられ、
それは戴冠式を観覧する王妃のためのものでした。
ローマ皇帝の座が、
この場所で継承されたのかと思うと、
思わず背中がぞくぞくしました。
歴史の余熱が、
今もなお大理石の床から立ち上るようです。

 

大聖堂6.JPGのサムネール画像
かつてこの場所は世界の中心でした。
光と闇を対比させ、
迷いを救いで満たす場所でした。
皇帝が去り、
カリフが去り、
ぼくが見たアヤソフィアは奇妙に明るい空間でした。
それは再生装置のないレコード盤のような場所でした。
かつてここを満たした聖なる歌は、
石の表面に刻印されたまま、
借り手のないレコードのように、
歴史の戸棚に置き忘れられていくのでしょうか。

 

観光客は建物の内部をゆっくり回遊していました。
ゆっくり歩けば、
かすかな歌が聞こえるのかも。
蓄音機の針は、
レコードの溝をなぞるだけで音楽を発生させるものです。

 

ああそうか。
再生装置などいらないのです。

 

photo=蛯乃木ユウイチ

 

アヤソフィア大聖堂

|

 

大聖堂1スルタンアフメット地区には、
ブルーモスクと、
アヤソフィア大聖堂と、
トプカプ宮殿がどかんどかんと並んでいました。
ちょうど神宮外苑に、
ラグビー場と、
野球場と、
国立競技場が仲良く並んでいる感じ。(ちがうか?)

 

ブルーモスクを出た足で、
ぼくたちはアヤソフィア大聖堂を訪ねました。
世界遺産のハシゴです。

 

大聖堂3アヤソフィアはもともと東ローマ帝国の教会でした。
それをオスマン・トルコが接収し、
ミナレット(尖塔)を配してモスクに改築、
トルコの近代化とともに博物館として公開されるようになりました。
高さ40メートルを超えるドームは、
現代の感覚でいうと13階建てのビルに匹敵します。
建設されたのは6世紀のこと。
日本でいう古墳時代ですから驚きです。

 

外観の威容もさることながら、
内部の装飾の美しさにぼくはすっかり心を奪われました。
何と教会時代のモザイク画が残されているのです。
写真はドームの天井に描かれた「聖母子像」
オスマン帝国の首都で、
まさか中世キリスト教美術に対面できるとは!

 

1453年、
コンスタンティノーブル(現イスタンブール)を陥落させたオスマン帝国は、
アヤソフィアに残るイエスやマリアの像(モザイク画)を剥離せず、
漆喰で塗りこめるにとどめました。
さまざまな解釈の余地はあるにせよ、
ぼくはそこに異教徒の文化に対するやさしさを見ます。
美に対する畏敬の念を感じます。

 

大聖堂2話は少しそれるのですが、
串本町の友好都市、
メルシン市の郊外で聖パウロの生誕地を見たときも同じ感動がありました。
異教徒の聖者の生誕地を保存し、
観光資源としていたのです。


何という大らかさ。


ぼくたちはイスラム教徒に対して、
誤った先入観を植えつけられているような気がします。
ハリウッド映画はその最たるもの。
冒険活劇の敵役の姿を借りて、
怪しく不気味なイスラム教徒のイメージを刷り込んでくる。
これはフェアではないなあ、
と今回の旅を通して感じた次第。

 

ハリウッドのやり方は、
例えていうならば、
異教徒の遺物に刃物を当てるようなものです。
それはいかがなものかと、
「聖母子像」のまばゆさを見上げながら、
たまには真面目なことを考えました。

photo=蛯乃木ユウイチ

ブルーモスク

| | コメント(4)

関西空港を離陸したのが前日の23時。

ブルーモスク113時間飛びつづけて、
イスタンブールに着いたのが明け方の5時。
長い長い夜でした。
アタチュルク空港に着陸したとき、
膝から下が他人の足になっていました。

 

ホテルに荷物を預け、
街に出たのが7時過ぎ。
ファーストフードで朝食を取り、
旅程初日の始まりはじまり。

 

 この日は公式訪問のようなことをしたり、
トルコ経済のレクチャーを受けたり、
青空市場を見学したり、
スルタンアフメット地区の観光をしたり。
イスタンブールに訪れた誰もがそうするように、
ブルーモスクに行ってきました。

 

ブルーモスク2寒いとおどかされたイスタンブールですが、
寒波はどこかに去ったらしく、
午後になると気温がぐんぐん上昇し、
20度近くに達した気配。
ジャケットを脱いでも、
いやはや暑い。

 

ブルーモスクの入口に男女を発見。
いい雰囲気です。
カメラを構える彼女に向かって男がひとこと。
「おれの頭ばっかり狙うなって!」
やりとりを想像しながらつい一枚。


礼拝堂の周囲にそびえ立つ尖塔は、
モスクの象徴「ミナレット」
神のありかを示す指先のようです。
このミナレット、
実は放送局の役割をしていたそうです。
1日5回祈りの時間が近づくと、
聖職者は手すりに立って、
神と預言者をたたえたあと、
「いざや、礼拝に来たれ!」

ブルーモスク3と呼びかけます。
「成功と救済のために!」

 

この呼びかけ(アザーン)を初めて耳にしたときは相当驚きましたね。
ぼくたちの概念にはない発声とメロディなのです。
遠い異国に来たことを痛感しました。
朝となく、
夜となく、
街中のモスクからいっせいに招集がかかるわけですからイスラム教徒も大変です。
礼拝に行かなければ、
それなりの呵責が生まれそうな気がします。
強い信仰が生まれるためには、
合理的な仕組みがあるものですね。

 

日本人の感覚に置き換えれば、
アザーンはお寺の鐘よりも、
出陣を告げる法螺貝に近いかもしれません。
回転の鈍くなったこまを回すように、
聖職者の声は、
ぼくたちに礼拝の時間を思い出させるのでした。

photo=蛯乃木ユウイチ

 

青空市場

| | コメント(2)

熊野古道ランドマークソングプロジェクトの目標のひとつ、
庄野真代さんのトルココンサートツアーが実現し、
10月16日から23日まで、
日ト友好親善の訪問団を編成してトルコに行ってきました。

×   ×   ×   ×   ×         

アーケード

イスタンブールに着いて一番最初に見たのが
青空市場。
観光客用のお店ではなく、
地元の暮らしが見たい、
というメンバーの声に応えるかたちになりました。

 

大通りから丘の上のムスクまで、
坂道の両側に屋台が並びます。
ご覧のように天井は一枚の布。
日よけなのか、
雨よけなのか、
周囲の建物に無造作にくくりつけて

アーケードのひも
アーケードになります。
人でごったがえしていました。

 

果物の屋台が目に止まりました。
かたちも大きく、
色もあざやか。
どこに行っても、
果物と野菜がおいしいというのがトルコの印象です。
キュウリひとつをとっても、
驚くほど太く、
水分が多く、
噛むと繊維のはじける音がします。


日本にはないなあ。


市場この市場は毎週金曜日、
週に一度開催されます。
ですから、
この通りはふだんは普通の街路です。
明日になれば、
このにぎわいの面影もなくなるのでしょうね。

 

市というのはもともと非日常のもの。
お祭りのようなものです。
日本で生活をしていると、
そのことを忘れがちです。
ぼくたちは自分でも気づかない内に、
この市場の中で寝起きをしているのですね。
道理で騒々しいはずです。

 

たまにはアーケードの外に出るのも悪くなさそう。
日よけをはずせば、
大きな空が広がるのでしょうね。

(つづく)

photo=蛯乃木ユウイチ

セルフ24H

| | コメント(4)

滝ガソリンスタンドが次々とセルフサービスになっていく。
多少値段が高くてもサービスマンに入れてもらいたいのだが、
行きつけの店が2軒ともセルフの店になってしまった。
できるだけガソリンを減らさないように走ったのだが、
ついにエンプティランプが点灯するようになった。
仕方がない。
セルフでガソリンを給油することになった。
生まれて初めての体験である。

 

停止線に車を止めると、
サービスマンがそばにきた。
操作の手順を教えてくれるらしい。
液晶画面を手で押さえるだけでいいという。
支払い方法、
ガソリンの種類、
給油量を順番に決めていく。
「ここに触ってください」
おびんずる様の頭のようなものをさわると、
ぱちっと音がして火花が飛んだ。
「静電気を取りました」
静電気?
知らない間に帯電していたのだろうか。
次回ひとりで給油作業をするとして、
うっかりこの手順を忘れ、
給油中にもしも自分の体から火花が出たら?
だんだん怖くなってきた。

 

ガソリンタンクのカバーをはずし、
コックを左にねじる。
給油口の暗渠にノーズを差し込みトリガーを引く。
ガクンと手ごたえがあり、
一気にガソリンが吐出される。
スロットマシンのいきおいで数字が回転し、
桁がくり上がり、
10リットル、
20リットル、
30リットルとガソリンが飲み込まれていく。
ガクンともう一度手ごたえがあり、
給油が終了した。
数字を見ると、
39.5リットルだった。

 

「ハンドルをもとに戻してください」
「はい」
ハンドルをもとの場所に戻そうとしたが、
先端が何かに当たり入らない。
あれ?
角度が悪いのか。
角度を変えて差し込んでみたが、
やはり何かが邪魔をする。
開閉扉になっているのか。
ノーズで押してみたが動かない。
給油口とちがい、
ハンドルスタンドには穴がない。
それを知らずにぼくは無理やり押し込もうとする。
見かねてサービスマンが声をかけた。
「ハンドルを、こう・・・」
ああ、なるほど。
ハンドルを引くのね。
ぼくはトリガーに指をかけた。
ガクンという手ごたえとともにガソリンが放出され、
白い飛沫があたり一面に飛び散った。
ぎゃっ!
「大丈夫ですかっ?」
大丈夫じゃないです。
トラウマになりました。

 

帰りの車の中、
自分の体から立ち上るガソリンの匂いに悩まされながら、
車の運転はしばらく休もうかと思った。
燃料電池が普及するまで。

photo=滝(c.nagase)

負けず嫌い

| | コメント(2)

ヤモリ更新の時期がせまっても、
何も思いつかないときがある。
そんなときは悪夢でしかないのだが、
体調が悪いときなど、
ふいに日本語が理解できなくなることがある。
ふだん何気なく使っている言葉のちょうつがいがはずれ、
気味の悪い断片と化すことがある。

 

たとえば「負けず嫌い」という言葉がある。
これはおかしいのではないか、
と考えはじめるともう止まらない。

 

似たような言葉に「喰わず嫌い」がある。
こちらは了解できるのだ。
「喰わない」プラス「嫌い」
実際に食べたことがないにもかかわらず、
どうしても口に入れることができないもの。
先入見の強さを説明する語として腑に落ちる。

 

「負けず嫌い」というのは、
早い話が勝気な性格のことではないか。
「負けない」プラス「嫌い」では、
つじつまが合わないような気がする。
本来の意味に従うならば、
「負ける嫌い」
といわなければならない。

 

こういうことを考えはじめると、
自分がことごとくまちがった日本語を使っているような気がして、
文章が一歩も前に進まなくなる。

 

たとえば軽率に物事を引き受けることを、
「安うけあい」と書けばいいのか、
「安うけおい」と書けばいいのかわからなくなる。
似たような意味だったような気もするし、
全然ちがう用語のような気もする。
「安うけおい」という文字をじっと見ていると、
日雇い派遣の元凶となるような、
過酷な商取引の現場が目に浮かんだりする。

 

ここに書くのははばかられるのだが、
長年の苦悩を吐露してしまおう。
男性の裸体を表記するとき、
「フリチン」と書けばいいのか、
「フルチン」と書けばいいのかよくわからない。
それぞれに相応の理由があるような気がして、
さまざまな妄想がぼくを苦しめるのだ。

 

photo=ヤモリ(c.nagase)


 

他人の空似

|

フクロウ必要にせまられて、
ユーチューブで『チューリップ』を検索することになった。
ありがたいことに、
かれらの代表曲が網羅されていて、
年代別に演奏を聴くことができる。
画面を見ていて、
妙なことに気がついた。

 

財津和夫って、
志村けんに似ていませんか?

 

どこがどうとうのではないが、
全身から立ち上るオーラが似ている気がする。
片や斯界の雄、
片やお笑いの頂点。
二人ともぼくのヒーローだった。
受信機がゆがんでいるので、
ふたつの電波が混同されてしまうのだろうか。
それともお二人には、
何らかの共通性があるのだろうか。
客観的なご意見を聞きたい気がする。

 

ちなみに志村けんを見ていても、
財津和夫を連想することはないのですね。
この辺が不思議なところです。
財津和夫が歌っているときだけ、
それも楽曲が佳境にさしかかったとき、
背後に志村けん的な何かを感じてしまう。

 

志村けんという人は、
ああ見えてふだんは二枚目なのではないかと疑うこの頃です。

photo=フクロウ(c.nagase)

大阪乾電池

| | コメント(2)

 
アケボノソウ
乾電池を冷蔵庫で冷やす習慣は、
関西に固有のものらしい。
そんな内容のバラエティ番組を見た。
毎週ご苦労なことだ。
地域に伝わる奇妙な風習を掘り起こすなど、
この「ほんまかい通信」よりも骨が折れるだろう。

 

そういえばうちの母親も、
誰に教えられたのか、
乾電池を冷蔵庫に入れていた。
そうすることによって、
電池の残量が増えると信じていたようだ。
元気なものはより元気に、
使い古しはそれなりに。

 

「乾電池ないか?」
「いくつ?」
「単一」
「あるで」
ぼくは母親から電池を受け取った。
懐中電灯のスイッチを入れたがつかない。
「切れてるで」
「そうか」
「新しいの、ないんか」
「ある」
母親が電池を持ってきた。
「ほれ」
方向を確かめセットをしたが、
やはり電灯がつかない。
「切れてるで」
ぼくは母親を見た。
「そんははずはない」
母親が強く出た。
「その電池は新品や」
「でもつけへん」
「電灯が切れてるんちゃうか?」
責任をこちらに転嫁してきた。
ぼくは母親に訊ねた。
「この電池、どこにあった?」
「冷蔵庫や」
「見せてくれるか?」
母は冷蔵庫を開き、
不服そうな声を出した。
「どや?」

 

ぼくは言葉をうしなった。
電池はアルミホイルにくるまれて、
冷蔵庫の棚に鎮座していた。
こんなことをしたら、
新品でもすぐ空になる。
「何でこんなことするねん!」
「何でって?」
母親は色をなした。
「大事なもんやからや!」

 

グラタンやないっ、ちゅーねん。

photo=アケボノソウ(c.nagase)

サバサンド

| | コメント(4)

窯跡言語というものは時代とともに変化するので、
かくあるべし、
と簡単に決めつけるわけにはいかないものらしい。
おおむね言語が変化するのは、
若い世代においてである。
ヤングとか、
ナウいとか、
かつて言語の変化を担った世代は、
いまや淘汰される側にある。
ものごとには旬というものがあるのだ。
かくして、
新しい日本語の潮流をさぐるために、
不本意ながらキャバクラに足を運ぶことになる。

 

最近の若い女性の言葉で気になるのは、
「~かも」という表現。
「おいしいかも」とか、
「この味、好きかも」という使い方をする。
「そんなこともわからんか?」
とツッコミをいれそうになるが、
もてたい下心があるので、
にこにこ笑いながら聞いている。

 

百歩ゆずって、
「おいしいかも」はわからないでもない。
微妙な味つけというものがある。
それにしても、
「好きかも」はおかしい。
好きか嫌いか、
自分で決めればよいではないか。 
さっさと決めなさい、今すぐ!

 

と思っていたのだが、
これらの表現は、
実にこなれた日本語だったのですね。
イスタンブールでサバサンドを食べたとき痛感しました。

 

サバサンドとは、
塩サバをパンにはさんだだけのもの。
レモンをしぼり、
生の玉ねぎをかじりながら食するのだが、
味の評価が分かれるのだ、これが。

 

「これが噂のサバサンドか!」と感激しつつ、
ぼくはおいしくいただいた。
「おいしい!」と声に出すと、
目の前にいた同行の人々が怪訝な顔でぼくを見た。
みな社会的地位の高い人ばかりだ。
ああそうか。
かれらにはおいしくなかったのだ。
不穏な空気を察知して、
ぼくはすかさず付け加えた。
「かも!」

 

あやうく浮いてしまうところだった。
同じものを食べながら評価が両極端に分かれた場合、
そのグループに緊張感が走る。
大げさにいえば、
「一触触発」というムードになる。
旗色を鮮明にしてしまったぼくは、
もう一度集団の中に回帰しなければならない。
それとなく聞こえるように、
小さな声でつぶやいた。
「この味、好きかも」

 

先生方はおおらかにうなずき、
なごやかな雰囲気が取り戻されたのだった。

photo=焼き物の窯跡(c.nagase)

このアーカイブについて

このページには、2008年11月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年10月です。

次のアーカイブは2008年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。