2009年1月アーカイブ
熊野古道が世界遺産に認定され、
ありがたいことに田辺市は、
全国から注目されるようになりました。
人口10万にも満たない小さな街で、
官と民が一体となって映画を作ったり、
CDを作ったり、
おやじバンドコンテストをしたり、
住んでいてこれほど楽しい街もない、
というのが実感です。
住んでいる人間が楽しい、
というのがまちづくりの基本だとしても、
自分たちだけが喜んでいればいい、
という時代でもなさそうです。
あの手この手で地域の魅力を掘り起こし、
観光客なり、
交流人口なりを増やしていかなければ、
活力を維持することが難しい。
少子高齢化が進むにつれ、
地域社会の現実は厳しいものがあります。
田辺市の魅力を発信するにはどうすればいいだろう?
誰に頼まれたわけでもないのに、
あれこれ考えてきました。
田辺にかぎらず、
地域社会には磨けば光る材料が眠っているものです。
これを見つけたところだけが、
地域のブランド化に成功します。
わが街に眠る宝物はなんだろう、
と考えあぐねていたら、
管理人のナガセ氏が大きなヒントをくれました。
それがタイトルの「樹氷」です。
田辺市龍神村に樹氷のあることを、
残念ながらぼくは知りませんでした。
南国のイメージがすっかりくつがえされました。
だってサーファーが海で泳いでるんですよ!
同じ季節、
同じ紀伊半島に樹氷ができるとは!
龍神村の雪は片栗粉のようにサラサラで、
踏むとキシキシ音を立てるといいます。
里山には梅の花が咲こうとしているのに、
車でわずか1時間の距離に雪景色。
これには驚きましたね。
「珊瑚と樹氷。それが田辺です」
とナガセ氏はいいます。
だからこそ面白いのだと。
地元の生まれではないからこそ、
全体を俯瞰できるのでしょうか。
地元の人間が見落とすものを拾い、
それを面白がることができる。
ナガセ氏の指摘は重要です。
相対立する要素の共存、
それは芸術作品に欠かせないものです。
大胆さと繊細さ、
遠心力と求心力、
鳥の目と虫の目など。
自然を正確に写し取りながら同時に誇張を加えていく。
相反する力を制御できなければ、
作品に生命力は宿りません。
「死守せよ!そして軽やかに手放せ」
ナガセ氏の指摘はぼくに、
ピーター・ブルックの言葉を思い出させました。
「珊瑚と樹氷のまち、田辺」
この言葉が暗示するものは少なくありません。
自然の豊かさを伝えると同時に、
何か不思議な印象を与えます。
そこから精神性の深さや、
宗教的な霊感を読み取る人も出てくるような気がします。
ナガセ氏が見つけた視点は、
いつの日かこの田辺市を、
宗教的な聖地に位置づけるかもしれません。
*山頂の拡大写真です(c.nagase)
この冬一番の冷えこみになった日、
羽田空港のはしっこにあるバスのゲートで、
ぼくは南紀白浜行きの便を待っていました。
南紀白浜とか、
釧路とか、
三沢とか、
どちらかというとマイナーな路線は、
直接飛行機に乗り降りすることを許されず、
けっこう冷遇されるのです。
「バス?」
初めてこの路線を利用するらしく、
面食らった表情をする人を時々見かけます。
三沢行きに不具合が生じたらしく、
場内にアナウンスが流れました。
聞くともなしに聞いていると、
整備不良が発見されたため、
機材変更をすることになり、
ついては出発が遅れるとのこと。
みんな急いでいるだろうに、
気の毒だなあ、
とぼんやり考えていたら、
事件が発生しました。
南紀白浜行きのサインボードがパラパラ回転し、
「欠航」と表示されたのです。
何事か、
と立ち上がる乗客に係員から以下の説明。
南紀白浜行きは出発の時間になりましたが、
機材不足のため欠航となりました。
皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、
次の伊丹行きにご搭乗いただき、
地上交通を使って目的地までご案内します。
これは騒然となりましたね。
いかにもタイミングが悪かった。
ぼくたちが乗るべき飛行機は、
三沢空港に回されてしまったのですから。
JALも雑な仕事をするものです。
欠航は致し方ないとしても、
楽屋裏を見せてはいけない。
ゲートに並ばされたまま次の案内を待つ間に、
案の定乗客が怒り出しました。
事情もよくわからないまま、
最前線に立たされた女子社員もかわいそうなものです。
必死に事態の収拾につとめていますが、
判断を任されているわけではなく、
対応が機械的にならざるを得ない。
無事目的地にたどり着けるかどうか、
まずは乗客の不安を取り除くことが先決なのに、
地上交通費の金額をくり返したりする。
これはまずいと思い、
地上交通(この場合特急くろしお)に空席があることを確認し、
乗客に説明するようアドバイスしていると、
行列の中から張りのある女性の声。
いきなり「君づけ」で名前を呼ばれ、
驚いて振り向くと高2のときの担任がいました。
思いがけない場所に思いがけない人。
同窓会でお会いして以来、
10年ほどになるでしょうか。
あいかわらずきれいな立ち姿です。
そばに若い女性を従え、
どうやら観光旅行ではなさそう。
乗り換えの手続きを待つ間に、
近況を報告することになりました。
「先生は今、どんなお仕事をされてるんですか?」
「引きこもりの支援です」
これはグサリと来ましたね。
高校時代、
引きこもりの走りだったぼくは、
この先生に大いに迷惑をかけたのです。
「いくつくらいの人?」
「年齢は15歳から35歳まで。色々です」
自分が引きこもりだったからわかるのですが、
引きこもりになるきっかけは一律ではなく、
それだけに対応は細やかにならざるを得ないはずです。
万能の処方があるとは思えません。
「大変でしょう?」
と思わず問いかけたところ、
先生のひとことが耳朶を打ちました。
「自分の生き方が問われます」
身だしなみを整えるように、
自分の心に向き合う姿。
凛としたたたずまいは、
その人を支える精神のまぶしさであることがよくわかります。
乗客と係員が右往左往する現場で、
先生の周辺だけが不思議に静かでした。
仕事の秘訣を聞かれて、
心のあり方を鏡に映す日が、
いつか自分にも来るだろうか。
先生の言葉を反芻しながら、
この日が特別な日になったことを実感しました。
機材不足は困るけれど、
このトラブルがなければ、
先生はぼくに気が付かず、
ゆっくりお話をする時間もなかったはずです。
危機と好機は表裏一体のものですね。
あやうさを表す文字に、
機会を表す一文字を添えた先人の知恵に、
深くうなずく一日になりました。
photo=南紀白浜空港に駐機するMD-87(昨年3月で退役) c.nagase
レギュラーガソリンの値段がついに100円を切りました。
「99円」
と赤く点滅する看板を見ていると、
何だか証券取引所の電光掲示板を思い出します。
日常生活に不可欠の消費財が、
まるで投機の対象になったかのようです。
一時は180円を突破する勢いでしたからね。
あの騒動は一体なんだったのでしょうか。
2007年の秋から上昇をはじめ、
ここに来て安定のきざしを見せるガソリンの値段は、
要するに100円から120円くらいが妥当な線だということでしょうか。
この間原油価格はマネーゲームに巻き込まれ、
実体経済から大きく乖離していました。
相場が大きな放物線を描く間に、
悲喜こもごものドラマがあったはずです。
泣いた顔。
笑った顔。
勝ち負けは時の運に左右されるけれども、
損をした人の数だけ儲けた人がいる、
これが相場の現実です。
金銭の移動を人間の頭数に換算するのは無理があるので、
損をした金額分の儲けが発生したといいなおしますが、
相場が売り買いで成立する以上、
差損のあるところには必ず差益が発生します。
昨年の9月、
リーマン・ショックに端を発した混乱は世界の経済に打撃を与え、
「百年に一度の金融危機」
などという言葉がひとり歩きをはじめています。
本当にそうだろうか、
とひねくれもののぼくは首をひねります。
株価が急斜面を転落するうちに、
世界全体の株式時価総額が急減し、
およそ3000兆円が失われたといいます。
3000兆円とは、
わかりやすくいうと米国の国家予算の10年分です。
途方もない金額が消えた、
と識者はいいます。
株価の下落による損失、
これが3000兆円とみなされるわけですが、
これは差損のあるところに差益があるという相場の原則を無視しています。
金融危機の結果、
時価総額が消失したと言いたい気持ちはわかるけれど、
これは論理の転倒であって、
実は時価総額の消失が今回の金融危機の原因ではないか、
とぼくはにらんでいます。
市場を過熱させその頂点で資金を引き上げる。
2階に上半身が乗ったところではしごを外せば、
人は転がり落ちるしかないように、
日本のバブル崩壊も、
90年代のアジアの金融危機も、
急速な資金の流入と、
それを上回る急速な流出によって発生しました。
今回の世界恐慌だけが例外だと、
ぼくには納得できる理由が見当たりません。
サブプライムローンで損をした人間がいるということは、
これで得をした人間がどこかにいるということです。
原油価格の変動で発生した利益がどこかに温存されているように、
消えた3000兆円は煙になったわけではなく、
われわれには想像もつかない場所で次の出動を待っているのではないでしょうか。
時価総額の消失は、
時期が時期だけに、
米国の大統領選や、
ロシアのグルジア侵攻の報復と結びつけて考えたくなりますが、
それは野暮というものかもしれません。
けれども、
金融危機の発生というある意味単純なメカニズムを、
金融工学の複雑化や、
新自由主義の行き過ぎに転嫁するエコノミストの主張には、
財政出動を正当化する底意が感じられるので、
苛立ちをおさえることができず、
この一文をしたためた次第。
財政出動してもいいけれど、
米国の国家予算を上回る資金を動かせる勢力が開けた穴を埋めるのは、
他でもないぼくたちの税金であることを、
忘れてはならないと思うからです。
photo=c.nagase
どでかい書店で立ち読みをしていると、
往々にして時間の感覚がおかしくなります。
難しい漢字の出てくる本に熱中し、
「やばい、飛行機に乗り遅れる!」
と思い時計を見たら1時間も経っていなかったり、
洋書売り場でエッチな写真集をパラパラめくっていたら、
あっという間に2時間が過ぎていたり、
どちらにしても飛行機に乗り遅れそうになるのですが、
この時間の感覚の変化が不思議でなりません。
思うに、
脳の演算回数と時間の感覚は密接な関係があるのでは。
同じ1時間でも、
脳の計算機を高速度で回転させたときは長く感じるし、
ゆっくりと、
あるいは思考の密度がスカスカのときは短く感じます。
要するに、
1分間に10回ものを考えるのと、
10分間に1回ものを考えるのとでは同じ長さに感じられるのでは。
これは大発見かもしれません。
うれしくなって知り合いのエンジニアにこの考えを話したら、
あっさり次の答えが返ってきました。
「楽しい時間は短いものです」
photo=c.nagase
関東煮と書いて「かんとだき」と読むことくらい、
関西人なら誰でも知っていますね。
関西の酒好きは、
この関東煮に対する偏愛が強くて、
老舗や名店といわれる居酒屋の定番はつねにこれ。
まちがえて「おでんを下さい」などと言おうものなら、
気まずい空気が店内に流れることになります。
おでんなどという新興勢力は、
居酒屋チェーンやコンビニのメニューであって、
女子供の食べるもの、
という共通認識があるようです。
関東煮はその名の通り、
実に非関西的な味わいです。
要するにすき焼きの割下を薄めて具材を煮ているわけで、
だしが黒く、
雑味が多く、
甘じょっぱく、
口の肥えた関西人が、
何でこんなものを好きなのか、
理解に苦しむところがあります。
うがった見方をすれば、
北千住『大はし』の「肉とうふ」や、
根岸『鍵屋』の「鳥皮煮」を近いものがあり、
一種のエキゾチシズムが受けているのかもしれません。
あるいは鯨の「ころ」や「さえずり」を、
ふんだんに食べていた頃のノスタルジーがそうさせるのか、
とにかく関西といえば関東煮なのです(?)
これに対して、
東京のおでんはいつのまにか勝手に進化しているのですね。
東京で人気のおでんに関東風のものがないのは、
一体どういうわけでしょう。
銀座『やす幸本店』を筆頭に、
昆布とかつお節に塩を合わせたおでんづゆが全盛です。
透明のだしが目に美しく、
そのまま飲み干してお代わりをしたくなるほど。
練り製品に含まれるうまみが抽出されるので、
だしはシンプルな方がかえっておいしくなるのですね。
東京でおでんを食べるたび、
狐に鼻をつままれたような気がします。
降りる駅をまちがえて、
自分の居場所がわからなくなるような。
猿にだまされて、
柿の種と交換におにぎりを取り上げられたカニは、
きっとこんな気分だったのではないかしら。
「これやこれや。これやがな。
見てみ。このおつゆ。
どんぶりの底が透けて見えるがな。
ええい、そのまま飲んだれ。
くー。うまい。
だしはやっぱり東京やな。
関西のだし、あれはあかん。
まっくろけで中身が見えへん。
あれではまるで血の池地獄や」
関西から来た出張族の声が、
どこからか聞こえてきそうな気がします。
photo=蛯乃木ユウイチ
景気後退のあおりを受けて、
年末年始の消費は冷え込むだろう、
という大方の予想を裏切り、
この正月、
デパートの初売りは大いににぎわったそうです。
この牽引役を担ったのが「福袋」
報道番組を見ていると、
面白い発見があります。
寒空の下、
長い行列がデパートを取り囲み、
開店のときを待っている。
扉が開くや否や、
買物客が店内になだれ込み、
ダムのいっせい放流のようです。
目指すフロアに向かって、
一目散にエスカレーターを駆け上っていく。
先を争う必要があるのでしょうか。
どうせ中は見えないのに、
と思っていると、
いやはや、
重量をたしかめ、
手で触り、
袋を上下に揺さぶってみたりする。
大阪のおばちゃんなど、
無理やり中身をのぞこうとして、
さすがに注意されていましたね。
あてがいぶちではおもんない、
とこの辺がやっぱり大阪ですね。
東京の客は一定のルールを守り、
透視というか、
非破壊検査というか、
袋の外から中身を検証するあたり、
金庫破りに扮したジャン・ギャバンのようです。
福袋を両手にぶら下げて、
フロアを順番に駆けめぐる人、
衣類はここ、
食料品はここと店を使い分け、
福袋のハシゴをする人もいて、
東京でも、
大阪でも、
買物客のエネルギーに圧倒されそうになります。
たまたま隣にいたのが京都の知人だったので、
「京都の福袋はどうですか?」
と水を向けたところ、
「私らあのならぶというのが、
ようわかりませんね」
と意外な答え。
どういうことでしょうか?
「いきなり正月に行ったかて、
ろくなもん手に入らしません」
「はい?」
「そやから、
私らふだんからそのお店にかよて、
そこの店員さんと仲ようなって、
福袋に自分のほしいもん入れといてもらうんですわ」
上には上、
というべきか、
さっきテレビで見た肉弾戦、
個人と個人のせめぎあいが初心者の群れに見えてくる。
さすがは京都。
千年の都です。
「ええもんほしかったら、
ふだんからおつきあいをちゃんとする、
それが福袋のこつどす」
photo=三が日の有楽町(c.nagase)
キオスクの新聞スタンドを見ていて、
新しいクイズを思いつきました。
夕刊紙の見出しが半分に折れ、
ちょうど偏(へん)が隠れて、
旁(つくり)だけが読めました。
「□申、□力、□吉、□戈」
何のことやろ、
と思い確認すると、
「紳、助、結、成」となり、
つまり『羞恥心』に関するネタでした。
これクイズになる、
と思わずひざを打ちましたね。
よくある熟語を使い、
問題をいくつか作ってみました。
1. □公、□木
2. □里、□生
3. □言、□頁
四角に当てはまる漢字を記入せよ、
というものですが、
上から順番に、
松林、理性、信頼、
となります。
簡単すぎる?
それでは少し難易度を上げてみましょう。
1. □寺、□月
2. □青、□者
3. □各、□泉
4. □豆、□宿
上から順番に
時期、情緒、路線、短縮、
となります。
ひまつぶしになるでしょ?
では最後の一問。
「正月」
の二文字にそれぞれ偏(へん)をつけて熟語を作りなさい、
なんてどうでしょう?
答えがわかった方は、
コメント欄まで、ぜひ!
投稿お待ちしています。
チェケラッ(古)
photo=c.nagase
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
2008年から2009年へ、
年末年始のトピックスは、
何といっても『紅白歌合戦』でした。
本当に久しぶりに、
ガッツリ紅白を見ました。
ここ10年、
大晦日にテレビの前に座るということはなく、
除夜の鐘を聞くまで仕事をしていたり、
仕事のないときは酒を飲んでいたり、
早い話がJ―POPSに興味がもてず、
ほかのことをしていたのですが、
昨年は不思議と心にゆとりがあり、
テレビのスイッチを入れた次第。
結論からいうと、
これが実に面白かった。
内容が分厚く、
演出も的を得ました。
出演者の獲得も成功していたのではないかしら。
最後まで楽しむことができました。
視聴率も40%を超えたらしく、
音楽業界が元気になってくれるのは喜ばしいかぎりです。
心に残る場面はいくつかあるのですが、
ひとつだけ選ぶならば、
やはり青山テルマでしょうか。
上半期最大のヒット、
『そばにいるね』は最高でした。
こんな風にはじまります。
「あなたのこと 私は今も思い続けているよ
いくら時流れていこうと i'm by your side babyいつでも
So どんなに離れていようと
心の中ではいつでも一緒にいるけど 寂しいんだよ
So baby please ただ hurry back home」
待つ女、というシチュエーション自体が新しいのですが、
この青山テルマのメッセージに男性のrapがからみ、
『木綿のハンカチーフ』というか、
『ロンリー・チャップリン』というか、
相聞歌のように展開します。
このときあろうことか、
相手に語りかける二人称が場面ごとに変化するのです。
「あなた」と呼びかけたかと思うと、
次の場面では「君」になったり、
これに応答するSouljaにいたっては、
「お前」になったり、
「君」になったり支離滅裂です。
最初に聞いたときは、
自分の耳がおかしくなったのかと思いました。
あわててnetで検索すると、
上記の通り二人称の大混乱。
「やられた!」と思いましたね。
高校生の手慰みでもないかぎり、
絶対にありえない歌詞です。
これまでの常識では。
これを書いたSouljaがまずえらいし、
容認したプロデュサーが見事です。
表現の枠を広げた上に、
何よりもリアルです。
キャバクラで飲んでいて、
目の前の女の子を○○さんと呼び、
親しくなってチャンづけになり、
調子に乗って呼び捨てになり、
酔っ払って「お前」呼ばわりになるのはよくあることです。
この微妙な距離感を、
青山テルマはたくみにすくい上げている。
人間関係の揺れを体現して余すところがない。
アートが成立するためには、
確信犯的な「ルール違反」が必要だと、
村上隆が『芸術起業論』(幻冬舎)で指摘していますが、
この『そばにいるね』にはチーム一丸の「ルール違反」が見られます。
大技が決まりましたね。
クリエーターの勇気に、
心から拍手を送りたいと思いました。
※ 『ほんまかい通信』は、
今年から毎週(月)(木)の更新になります。
photo=2009年の日の出(湘南海岸) c.nagase