必須アミノ酸
いまどきの青年にして優秀なビジネスマンT氏は、
ほっそりした外観からはうかがい知れない肉好きで、
しかも内臓料理が大好きという、
筋金入りの肉食系男子です。
そのT氏が中国の吉林省に出張し、
現地で大いに歓待を受けたとのこと。
「食べ物はどうでした?」
「朝昼晩と肉でした」
「何の肉?」
「ロバとか犬とか」
「ゲー!!」
T氏が訪れた場所は北朝鮮との国境地帯で、
気温は氷点下20度。
肉と強いアルコールがなければ、
とても体が保たないそうです。
そのT氏から意外なひとこと。
「最近ホルモンが食えなくて・・・」
「何がありました?」
「日本に帰ってどん兵衛を食べて、
ああ世の中にはこんなにおいしい物があるのかと」
「あのぴんそば?」
「そうそう、ぴんそば。あれ食べてほっとして、
次の日彼女と焼肉屋へ行ったんですね」
「また肉!」
「やっぱ肉でしょ?
必須アミノ酸は肉からしか取れないんですよ。
知ってました?」
初めて聞きました。
「さかなは?」
「だめです」
「ニワトリは?」
「だめです!
必須アミノ酸は四ツ足の肉だけ!!」
ホントかなあ。
おかまいなしにT氏が続けます。
「肉焼いて、ホルモン焼いて、
あれ?ちょっと冷たいかなと。
でもまあいいやと。
生焼けのホルモン食べたらその晩熱が出て」
「下痢は?」
「ジャージャー出ました!」
典型的なウィルス性大腸炎ですね。
「それ以来ホルモンを食べたいと思わないんですよ」
去年の今頃、
京成立石の駅前で煮込みを食べたことがあります。
業界(?)で有名なその店は昼間から酔客があふれ、
一種異様な雰囲気をかもし出しています。
冷やかし半分のぼくと友人は、
明らかに場ちがいな客でした
一見(いちげん)の客が珍しいのか、
奥からじっと睨むおじさんがいて、
洞窟の奥から、
夜行性の動物に睨まれているような感じ。
ぼくと友人は背中を丸め、
ひたすら肉の切れはしをつついていました。
この店は串焼きが有名で、
何を注文したものか、
客と店主のやりとりを見ていたら、
実に不思議な会話を交わしているのですね。
「混ぜ、2本!」
「焼くの?生?」
「生で!」
「生ね!」
「レバーいち、ハツいち、生で!」
「生ね!」
生ってあなた、豚の内臓ですよこれ。
ビールじゃないんですから。
怖ろしいことに生肉が皿に乗り、
酢をかけときがらしをそえ、
そのまま運ばれていくではありませんか。
これには驚きました。
ぼくと友人は中腰になり、
次第に落ち着きをなくしていました。
スターウォーズの撮影現場に、
すっぴんでまぎれ込んだエキストラの気分です。
この話をT氏にしたら、
かれは手を叩いて喜びましたね。
「豚の生肉!
酢とときがらし!!
だめじゃん、それ!」
げらげらと笑い転げ、
「上には上ですねぇ」
としきりに感心しています。
すっかり元気が戻ったらしく、
「今度焼肉行きましょう!」
と誘ってくれました。
「いいですね。行きましょう」
エレベーターまで送ってくれて、
別れぎわにT氏のひとこと。
「必須アミノ酸、これは肉だけですから!
覚えといてくださいね」
ホントかなあ・・・
photo=c.nagase